#37 トモダチ
それからの日々も、星夏は俺が起こした事件など知らないとばかりに接して来た。
「こーた、おはよー!」
「ねぇこーた。明日提出する課題ってもう終わってる?」
「あのねこーた。今日の卵焼き上手く焼けたから食べてみない?」
「バイバーイ。また明日ね、こーた」
小学校の時と変わらない他愛も無いがどこか暖かみのある話をして、屋上の常連となった俺と昼飯を一緒に食べたり……。
授業でペアを組む必要が出た時は、他の誘いを断って俺と組んでくれる。
そうやって星夏といる様子を他の男子達から恨めしく見られるものの、目を合わせようとすれば逸らされるので特に実害が出た事は無い。
多分だが暴力沙汰を起こす俺の不興を買いたくなくて、でも星夏に構われるのは羨ましいから、目が合わない程度に睨むしか無いと言った所だろうか。
まぁ恋愛に興味が無い俺でも星夏は可愛いと思うが、誰が彼女にアプローチしようがこっちには関係の無いことだ。
もしかして星夏は俺に好意を持っているのでは……なんて勘違いはしていない。
そこまで自惚れる程、自分が良い印象を与えた覚えは無いし、この関係が星夏の善意で成り立っていると自覚しているからだ。
それに恋愛感情は無くとも、彼女の事は好意的に思っている。
孤立して居ようともやって来た思春期故に、恥ずかしさから直接口にして伝えた事は無いが。
だが、何も良いことばかりがあった訳じゃない。
騒動から日が経った今でも、俺は時折ケンカを繰り返していた。
とはいってもあの時と違ってこっちから殴り掛かった事は無い。
あの時の先輩達の知り合いが、俺に対して報復行為に乗り出したからだ。
どうやらアイツらはこの辺りで組んでいたチームの一員だった様で、仲間に俺のことを話して標的にしたらしい。
通っている学校が知られているため、放課後に襲撃された時はかなり焦った。
自分でも驚いたが意外と戦う才能はあった様で、なんとか撃退に成功したんだ。
どうせ自覚するなら、柔道やボクシングみたいなスポーツで知りたかった。
まぁそれで自分の身を守れているのだから、必要以上に悲観することもないかもしれないが。
そうして都度に返り討ちにしては、襲撃されるという悪循環に巻き込まれ、怪我をすることも多くなった。
明らかに事故ではない怪我を負って登校し続け、さらには襲って来たヤツらを撃退している所を目撃された事で、学校では完全に不良扱いされている。
当然星夏の耳にも入っているはずだが、彼女は態度を変えないままで、何ならケンカの怪我を手当してくれたくらいだ。
怪我をするなと怒られながらではあるものの、真剣に俺を心配して言っているのはなんとなく分かった。
ただ……このまま俺といる事で星夏が何かしらの被害を受ける様であれば、その時が潮時と見て関わらない様にしようと思っている。
騒動で底辺に沈んだ俺と、陽の光を浴びる星夏とでは住む世界と歩む未来が違う。
いつかは離れないといけない。
そうしたら今度こそ独りだ、なんて内心で自嘲した事もあった時だった。
「あのねこーた。アタシ、彼氏が出来たんだ」
「お……?」
体育祭も近付いていた二学期の昼休み。
いつも通り屋上で星夏と昼食を食べていたら、照れた様子の彼女からそんな告白をされた。
驚かなかったと言えば嘘になる。
星夏はモテることを考えれば、中二の秋で初彼氏が出来たのは遅い様で、けれども案外早かったなとも思っていた。
「隣のクラスの大木君って言ってね。二年生から同じ委員会になって話してく内にね、アタシの事を好きになったからって……」
「──そっか。それは良かったな」
「うん、ありがと」
馴れ初めを話す星夏に対して心に過った幾つもの感情を精査するより先に、一先ず祝福の言葉を送ることにした。
それを受け取った星夏はニコリと可愛らしい笑みを浮かべる。
恋人が出来たとあって、心なしか普段より明るく見えた。
だから……俺がいて曇らせる様なことは後ろめたかったんだ。
「彼氏が出来たなら、尚更俺といるのはダメだろ」
「え、なんで?」
「なんでって……浮気を疑われたらどうするんだ?」
「ちゃんとこーたとは友達で、そういうのじゃないって言ってあるけど?」
正論を言ったはずなのに、星夏に何をバカな事をという風に聞き返される。
浮気もそうだが、不良達がいつまでも真っ正面から挑んで来るとは限らない。
星夏が人質にされるだけならまだ良いが、見た目の良い女の子をそれだけで済ますだろうか。
最悪を想定すれば強姦される可能性だってある。
俺はどうなったって構わないが、彼女に危険が及ぶと考えるとこのままではいけない。
特に彼氏が出来たというのなら、それこそ俺と関わるべきじゃないんだ。
だから……もう終わりにしよう。
「星夏はそうでも彼氏の方はいい顔しないだろ。普通の男友達ならともかく俺みたいな危ないヤツだと、せっかく出来た彼氏に嫌われるぞ」
「う……」
「元々独りの方が性に合ってるんだ。星夏に構われなくなったって平気なんだよ」
「……」
今まで受けた厚意を無下にする言葉に、星夏は悲しげに目を伏せて黙り込んだ。
その様子を見て、皮肉にもどんなケンカで負った怪我よりも胸が痛んだ気がした。
「そんな寂しい事、言わないでよ……」
「星夏の気遣いには感謝してる。してるからこそ、これ以上俺の事情に巻き込みたくないんだ」
「巻き込みたくないって……単にアタシが首を突っ込んでるだけなんだから、こーたが気にする事じゃ──」
「──うるっせぇな! 独りで良いって言ってんでろ! とにかくもう俺に関わるな!!」
ここまで言って、ようやく星夏は目を見開いて絶句する。
心の底から俺を心配してくれていると伝わるからこそ、悲しい顔をさせてしまう事に申し訳無く感じてしまう。
けれども、これで良いんだと平静を装って強がりながら屋上を去ろうとして……。
「こーた! アタシは何があってもこーたの友達だからね! それだけは絶対に忘れないで!」
後ろからそんな声を掛けられた。
あんな拒絶をされたのに、友達だと言い切る胆力には敵わないなとため息を吐く。
──本当に、変なヤツ。
そんな感想を頭に浮かべながら、俺は屋上から校内へと戻るのだった。
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