#34 不良となった切っ掛け


 雨羽会長と話をした翌日。

 眞矢宮は約束通りに、俺の家にやって来た。

 彼女の私服は緑のフリルブラウスに茶色のロングスカートで、相変わらず綺麗だなと口に出さずとも感心する。


「いらっしゃい」

「お、お邪魔します……」


 緊張した面持ちの彼女を出迎え、部屋の中に招き入れる。

 二回目だから緊張の必要は無いと思ったが、彼女からすれば好きな異性の部屋に入るのだから当然だと悟る。


「どーぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 少しでも身体の強張りを解せればと、真犂さん仕込みのコーヒーを入れて眞矢宮に出す。

 息を吹きかけてゆっくり飲み、彼女の口からほぅと安堵を含んだ息が零れる。


「お店で飲んだ時もそうでしたけど、荷科君が入れてくれたコーヒーは美味しいです」

「そう言って貰えて光栄だよ」


 肩の力が抜けた表情から、無事に目論見は達成出来たと胸を撫で下ろす。 


「あの後、咲里之さんとはどうですか?」

「一回も来てないよ。まだ仲直りする切っ掛けすら掴めてない」

「そうですか……」


 眞矢宮の問いにありのまま返す。

 その返答に彼女は罪悪感を露わに目尻を落ち込ませる。


 未だに俺達のケンカの原因は自分にあると責めているのだろうか。

 そんな事は無いと言いたいが、それを伝えたところで先日の様に堂々巡りになるだけだ。

 これから長話になるので、出来るだけ時間を浪費するのは避けたい。


 なので言及はせず、本題に入る前にある問い掛けを眞矢宮に投げ掛けるとしよう。


「眞矢宮。早速本題に入ろうと思う」

「は、はい」

「ただ、その前にもう一度だけ訊く。眞矢宮が俺に好意を寄せてくれている事は、応えられないにしても嬉しいと思っている。だからこそ、そんな眞矢宮にとって今からする話はどうしても君を傷付ける事にしかならない。──それでも訊きたいか?」

「──っ」


 最終警告。

 それを聴いた眞矢宮が静かに息を呑む音が耳に入る。

 今になって再度告げたのは、俺に告白までしてくれた彼女に対する誠意だ。

 

 その純粋な想いを傷付けずに、星夏との過去を話すのは避けられそうにない。

 眞矢宮を進んで痛めつける様な真似をしたくないからこそ、最後まで聞き届ける覚悟はあるのかと問い掛けたのだ。


 途中でギブアップしても責めはしない。

 暗にそう含めた警告に、眞矢宮は瞳に少しだけ動揺の色を浮かべる。

 しかし深呼吸を挟んで再び俺に向けた眼差しには、確かな想いが込められていた。


「──訊きます。荷科君にとって大事な話なら、訊かない訳にいきませんから」


 やっぱり彼女は凄いなと思う。

 もし俺が逆の立場だとしても、ここまで強く言えるか分からない。

 

 改めて目にした眞矢宮の決意を前に、もう話さない選択肢を捨てることにした。


「……分かった。それじゃ、まずは俺と星夏のから話そうと思う」

「本当の関係……?」

「あぁ」


 眞矢宮には星夏は同居人とまでしか話していない。

 俺が彼女に最初に明かすのはそこからと決めていた。


 その真意を知らない眞矢宮は疑問を露わにして首を傾げる。

 一瞬不安そうな眼差しを浮かべたのは、恋人だと勘繰ったためだろうか。

 まぁ今の言い方ならそう思うのも仕方が無い。


 けれども俺達の関係を先に話した方が、後の話も円滑に進む。

 だから、最初から明かす。


「恋人じゃないのは本当なんだ。俺と星夏は……セックスフレンド。要は肉体関係を持ってる」

「え……」


 本当の関係を口にすると、眞矢宮は桃色の目を大きく見開いて硬直した。

 そりゃそうだ、普通に考えればセフレなんて異常な関係としか捉えられないんだ。

 

 眞矢宮がセフレの意味を知ってるのは意外だったが、そこは置いておこう。

 ともかく、彼女が真っ先に懐いた印象は容易に想像出来る。


「軽蔑したか?」

「えっ、あ……その……」

「繕わなくて良いよ。好きな子とするためにセフレになった……そう思われても仕方が無いのは分かってる」

「……」


 図星だったみたいで、眞矢宮は何も言わず黙り込んだ。

 彼女に言った様にそう考えて当然の事で、そこを責めるつもりは毛頭無い。

 セックスは愛し合う人同士でするのが当然であって、快楽だけを求める関係は歪に映るモノだ。

 それこそ好意が反転して嫌悪になってもおかしくない程に。 


 眞矢宮が俺を不潔だと言うのは無理もない。

 そう思ったのだが……。


「お、驚きはしましたけれど……軽蔑なんてしません。最後まで訊かずに早合点なんてして、話してくれる荷科君の厚意を無下に出来ませんから……」

「……そうか」


 動揺から声が震えているが、眞矢宮の目は揺らぐこと無く俺を見据える。

 その強さに心なしか眩しさを覚えていると、彼女は顔を赤くしながら口を開く。


「その……セック、ス……フレンドは、他にいるんですか?」

「いや、お互いだけだよ。少なくとも俺は星夏以外とした事はないし、する気も無いけどな」

「う……」


 質問に答えただけなのに、何故かセフレをカミングアウトした時よりダメージが大きそうな反応をされた。

 って眞矢宮からすれば、好きな男が自分とセックスしないって言われたと同じなのか。

 でも向こうはどう考えても処女なんだし、いくら好かれていても線引きはハッキリしておきたい。


 さて、少し脱線してしまったので話を戻さないと。


「まぁあまり公に出来ない関係ではあるのは分かったと思う」

「そ、そうですね……まさかいきなり驚かされるとは思いませんでしたけど……」

「眞矢宮には話すって決めたからな。ついでに一つ問題だ。俺はどうして真犂さんの店でバイトをしてるか分かるか?」

「それは……一人暮らしでの生活費を稼ぐためでは……? 他には咲里之さんとの暮らしを継続するためでしょうか?」


 突然の問いに対し、眞矢宮は僅かな逡巡を経てそう答えた。

 パッと思い付いたにしては、正確な指摘だな。


「どっちも正解。でもな、本当は星夏と一緒に暮らしてても向こう五年くらいはくらい、金はたくさんあるんだ」

「えっ?!」


 俺の言葉に眞矢宮は驚愕の声を上げた。

 論より証として、予め用意していた預金通帳を手に取って開いて見せる。


「あ、あの……ゼロが六つ以上ある様に見えるのですが……?」


 前のめりになって通帳に記載されている残額を目にした途端、眞矢宮は戸惑いを隠せず困惑し出した。

 恐らく予想していた金額より多かったのだろう。

 まぁバイトで稼いだ給料も同じ口座に入ってるから、多少の増額はしているが。


「わ、私の家は裕福な方ではありますけど、それでもこの金額はビックリしました……」

「現状は持て余してるけどな」

「手に余るのであれば、ご両親に返金しないのですか?」


 眞矢宮の言葉は尤もだ。

 こんな大金は一人暮らしの高校生が持つには、あまりにも多額過ぎる。

 仕送りして来る親に九割九分返した方が良いだろう。


 だが……。


「しないって言うか、




 ──

「え?」

  

 否定の言葉で返されると思っていなかった眞矢宮が目を丸くした。

 驚かせてばっかりで悪いと思うが、この大金を得た経緯とは俺が星夏と今の関係になった原因に繋がっている。

 

「眞矢宮は俺が中学時代に、暴力沙汰を起こしてた不良だって知ってるよな」

「は、はい……ストーカーから助けて貰った時に訊きましたから」

 

 そんな経歴を知っても尚、眞矢宮とその両親は俺の腕を買って護衛を頼んでくれたのだ。 あの時はケンカの強さも案外捨てたもんじゃないと前向きに捉えられた。

 

 ただ、暴力沙汰を起こしていた理由に関しては説明していない。

  

「あの時はグレた原因をはぐらかしたけどな、

 

 


 

 


 

「──っ!!」


 驚きの連続も四度目になるが、眞矢宮はついに声すら出せずに口を噤む。

 

 俺の人生における一つ目の転機は、そんなどうしようもない事故だった。


 今から話すのは、自暴自棄になっていた荷科康太郎が咲里之星夏に救われるまでの話。

 端的に表すと、どこかありふれたフレーズに聞こえる様な、けれども俺が星夏への好意を絶対とする出来事に繋がる、そんな話だ。

 

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