#29 海涼の荷科家訪問
【星夏視点】
「む、麦茶です……」
「ありがとうございます」
こーたの忘れ物を届けてくれた
いや上げない方が良いっていうのは分かってるんだよ?
でも眞矢宮さんに思いっきり『家に何か用ですか?』って言っちゃった時点で、こーたと一緒に暮らしてるのは誤魔化し様が無くない?
もう少し考えてから話し掛けるべきだったよ……。
迂闊過ぎる自分を反省しながら、チラリと眞矢宮さんに目を向ける。
腰まである夜空みたいに綺麗な黒い長髪、宝石を彷彿とさせる透き通った桃色の瞳、麦茶のコップを飲んでるだけなのに隅々まで優雅な所作、そして何より目鼻立ちが整った綺麗な顔立ち。
ぶっちゃけ、こーたと同じバイト先で働いている様には見えないくらい容姿がずば抜けている。
アタシも自分の顔は可愛い方だとは思ってるけど、眞矢宮さんの前だと霞んで見えちゃうかも。
後、彼女が前にこーたとデートに行った女の子だと思う。
好きじゃ無かったら家まで忘れ物を届けに来ないし、多分そうだ。
だとしたらこの状況ってかなりマズくない?
眞矢宮さんからすれば、好きな人の家に知らない女子が一緒に住んでるってことでは?
そう認識した途端、ただでさえ緊張しまくりだった心に流れる冷や汗が止まらなくなった。
うあぁヤバいヤバいどうしよう……!
これじゃ、せっかくこーたに訪れたチャンスをアタシが不意にしちゃうじゃん!
「
「うぇ、あ、はい。どぞ……」
反省したのも束の間に発覚したとんでもないミスに頭を抱えていると、眞矢宮さんからそんな言葉が投げ掛けられた。
得も言われぬ恐怖に肩を震わせながらも先を促す。
それに対して彼女は一度頷いてから口を開いて……。
「いつから……荷科君と一緒に住んでいるんですか?」
「え、えぇっと……二年は経つ、かな~? あ、でもでも、たま~にお邪魔させてもらってるくらいで、今日だってホントにたまたまで……」
「相手の家の冷蔵庫の中身を把握しているのにですか?」
「う゛っ……」
愛想笑いで答えるけれど、眞矢宮さんに矛盾を突き付けられる。
少しでもあなたが想像するような関係じゃないよ~って、伝えようとしたら見事に墓穴を掘ってしまった。
そうだったぁ~……買い物帰りの姿を見られてるんだから、たまたま来たなんて言っても信じられないに決まってるじゃん!
「このコップや麦茶を迷い無く準備する手際の良さも、部屋の至る所に散見される女性用の品物を見れば、かなりの頻度で来ていると思っていましたが……二年以上とは予想以上でした」
「ひぃ……っ!?」
えぇ怖っ、そんな細かいとこまで見てたの!?
こっちが思っていた以上の警戒振りに、思わず鳥肌が立ってしまう。
そういえば部屋に入れたらやけにキョロキョロしてたっけ……あれって好きな人の部屋を見渡してたんじゃなくて、アタシとこーたの関係を訝しんでたからってことなの!?
うわぁ……勘違いしてた時の自分を殴りたい気分だ。
刑事ドラマで例えるなら、主人公の前で自らの犯行の証拠を見せてるようなもんだよ。
眞矢宮さんから『なんでそんな見え透いた嘘を付いた』と言わんばかりに見つめられ、アタシは肩を小さくしながら顔を俯かせる。
「ご、ごめんなさい……ただ、眞矢宮さんの誤解を解かなきゃと思って……」
「誤解? 私は咲里之さんと荷科君が恋人だとは思っていませんよ」
「あれっ!?」
感情を見せない真顔で誤解はしていないと返されて、戸惑いを露わに声を出してしまう。
なにそれ、じゃあアタシが一人で暴露してただけってこと!?
その事実を悟ってしばらく呆然としてから、ガクリと項垂れる。
なんだろ……一気にへたれ込みそう。
「質問の通り、どれくらい一緒だったのかを知りたかっただけですから」
「そ、そうだったんだ……」
そんなやるせない気持ちのアタシに構わず、眞矢宮さんは質問以上の意図は無いと話してくれた。
むしろ誤解をしていたのはこっちだって分かって、無性に悲しくなったけれども。
「咲里之さんの人物像は荷科君から聴いていましたよ。随分と仲が良いみたいですね?」
「あ~ははは……普通ですよ普通」
嘘を見破られた根拠の一つに、こーたがアタシの話をしていたと明かしてくれた。
結局アタシの誤魔化しは微塵も意味が無かったってことか……まぁ、セフレのことは隠し通せてるから最悪ではないかな?
内心でそんななけなしの安堵をした時だった。
「ですがお察しの通り、私が荷科君を好きだと言うのは事実ですよ」
「──っ!」
眞矢宮さんは恥ずかしがる素振りも見せずに言い切った。
桃色の瞳でまっすぐに見つめられて、それはまるで宣戦布告とも取れる。
「一つ屋根の下で同棲しているのには驚きましたが、咲里之さんに負ける気はありませ──」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
続けられた言葉に動揺しながらも、慌てて静止を掛ける。
言葉を遮られた眞矢宮さんは不満そうな表情を浮かべるけど、流石にこれは正さないといけない。
「その、眞矢宮さんがこーたを好きになってくれたのは、正直嬉しいよ」
「……え?」
嬉しいなんて言われるのが予想外だったのか、彼女は目を丸くした。
そこまで驚くことかなと思いながらも、アタシは続ける。
「こーたって目付き悪いけどイイヤツでしょ? でも中々彼女を作ろうとしなくてやきもきしてたんだよねぇ。だから、眞矢宮さんみたいにとっても綺麗な子が好きになってくれて良かったって思う」
「……」
紛れもない本心を口にして、とにかく眞矢宮さんに自分はライバルじゃないと伝える。
こーたの幸せに繋がるなら、アタシが邪魔をするわけに行かない。
「そうだ、連絡先を交換しようよ! それで眞矢宮さんとこーたが付き合える様にアタシがてつだ「──ふざけないで下さいっっ!!」って……ぇ?」
我ながら良いアイデアを提案しようとした瞬間、隣の部屋にも響きそうなくらいの怒号が眞矢宮さんの口から飛ばされた。
突然のことで呆然としたまま彼女の顔を見ると……。
──眞矢宮さんは……今にも殴り掛かって来そうなくらい怒っていた。
どうしてそんな表情をされるのか分からず、アタシは益々混乱する。
状況が呑み込めない中、眞矢宮さんがキッと強く睨んだまま口を開く。
「ここまで酷いなんて思いませんでした……こんなの、あんまりです……」
酷いって何?
アタシはただ眞矢宮さんを応援しようって思ってるのに……なんで?
混乱から抜け出せない頭には、ただひたすらそんな疑問が浮かんでは消えていくだけだった。
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