俺の家に入り浸っている腐れ縁の美少女が、彼氏と別れたらいつも甘えて来る理由
青野 瀬樹斗
第一章 切な系アイマイモコ
#1 星夏と康太郎
「──セックスがしてぇ……」
「は?」
昼休み……午前の授業を終えて空腹を満たすべく各々で用意した昼食を摂る中、友人の
ついさっきまでの話題にまるで関連の無い発言に、思わず素っ頓狂な声が出てしまったのはある意味で当然だろう。
というか……女子もいる教室で白昼堂々とその単語を口に出来る胆力は何なんだろうか。
「『は?』ってなんだ『は?』って? 男子高校生たる者、至極真っ当な思考だろうが!」
そんな呆れも含んだ俺の反応に、智則はギラついた眼を見開いて叫ぶ。
言っていることそのものは確かにそうだろうが、女子に聞こえていてはただの馬鹿としか言い様がない。
現に智則の叫びを聞いてしまった女子が、台所の悪魔に遭遇したような悍ましい眼差しを浮かべている。
こうやって空気を読まないからモテないんだよ。
「教室でそんなことを言うからモテないんだよ」
「──っ!?」
あ、言っちゃったよ。
もう一人の友人である
「そんな……俺を好きでいてくれる可愛くて巨乳で清楚な子は居ないって言うのか……?」
「理想のハードルが高ぇよ」
「基本的にそういう子は相手がいるもんだよね」
「ノォォォォッッ!!」
無駄に高く語られた理想を二人して切り捨てれば、智則は机に突っ伏して醜い悲鳴を上げた。
よく見たら涙を流してないか?
悔しがり過ぎだろ……。
まぁ尚也の言う通り一部でも智則が語った条件を持った女子というのは、大抵は相手がいたりするもんだ。
いなかったとしても、智則のような小太りでお世辞でもイケメンとは言えない男は交際相手として、残念ながら候補にすら上がらないだろう。
こんな分析染みたことをしている俺──
俺の場合は生まれつきの目付きの悪さで怖がられているのが最たる理由だろうが、そもそもとして恋愛に積極的じゃないのもある。
その点、尚也は眼鏡を掛けた爽やかな雰囲気から割とモテる方だ。
友人仲で唯一彼女がいることも相まって、智則の悔しさを掻き立てているのかもしれない。
内心でそんなことを思い浮かべていたら……。
「そこまで言うなら『ビッチ』に告白して相手してもらえば~?」
「えっ、いや待て待て。それはちょっと……」
人の会話に聞き耳を立てていた外野の言葉が割り込んでくる。
耳に引っ掛かる蔑称で以て示唆された人物を想像した智則は、途端にげんなりとし出した。
そうして話題に挙がったのを合図に、三人で件の人物に視線を向ける。
教室の窓際で集まっている俺達とは正反対に位置する廊下側の席に、独りで購買のパンを食べている彼女の姿があった。
二つ結びに束ねられた茶髪は蜂蜜を彷彿とさせる明るく艶やかで、空色の丸い瞳は透き通っていて当人の明るさが表れており、身長は平均的だが制服の上からでも判る発育の良い体付きをしている。
顔立ちに関しては、同じクラスの女子達とは比べ物にならない程に可愛らしいものだ。
──
それが彼女の名前で、俺達の通っている高校では全学年で噂になっている有名人だ。
そんな有名人と智則のような人物でも付き合えるかもというのなら、普通は喜ぶべきだろうに……そう思うのは何も知らない人だけだろう。
生憎とこの場合で指す有名というのは悪評でという前置きが付くからだ。
「いくら飢えてても、咲里之相手はちょっと……」
「ん~……確かに咲里之さんは止めておいた方が良いけど、その理由は?」
「俺は純愛派なの! 処女じゃないと、こう……前の彼氏と比べられそうで怖い」
「そんなヘタレだから童貞なんだよ」
「ぐはぁっ」
小さいプライドから発生している恐怖をにべも無く切り捨てると、智則は力を無くしたように机に突っ伏した。
別に智則の理想が悪いとは思わない。
ただ付き合って本番まで至ろうとした相手が処女じゃ無かったなんて理由で振るのが、どうにも不誠実に思えて苛立ちを覚えてしまうからだ。
けれどもそんな自分の価値観を押し付ける程じゃない。
これくらいは呑み込める。
「確かC組の
「えっ? 演劇部の
「えぇっと、児野から植木と馬場を経て海森って順番だったはずだよ」
「おぉう、もうそんな変わりの早さなのか……」
そうしている間にも二人は話を続ける。
内容は咲里之が現在付き合っている男子の事だ。
ただそれは特定の個人では無く、複数の名前が挙げられていく。
「うわ、咲里之って野球部の海森君まで手を出してんの?」
「マジでビッチの考えてることって分かんない……」
「男子も馬鹿だよね~」
おまけに女子の方も咲里之が話題の中心になっていた。
だが友人二人に比べて酷く陰口なのだが。
ここまで見れば大方察せられるだろう。
──咲里之星夏は色んな男子と付き合っては別れて来た、
曰く、彼氏になれたらすぐにヤれる。
曰く、大人相手に援交で金を稼いでいる。
曰く、そうやって寝た男の家で夜を過ごしている。
この学校で彼女に関して尋ねれば、こう返される程の噂の存在が咲里之を目立たせていた。
より質が悪いのは、咲里之は本当に様々な男子からの告白を受けて入れて、交際と破局を繰り返している点だ。
中には肉体関係にまで行き着いた相手もいるが、いずれも彼女のお眼鏡に敵わず振られている。
それが気に入らない女子の反感を買ったためか、振られた男子がプライドを保つために吹聴して回り、去年に起きた騒ぎを切っ掛けに噂が信憑性を固めていったのだ。
結果、男子から好奇の視線が、女子から軽蔑の視線が向けられ出すのも当然の帰結と言えるだろう。
そんな状況でもこうして学校に来たり、変わらず交際し続ける太々しさが、さらに女子の顰蹙を買っている。
だからあーして咲里之は昼休みを独りで過ごしているのだ。
明らかな自業自得だと言われても返す言葉も無い。
彼女のことをよく知っている俺でもそう思う。
そう、俺はよく知っている。
咲里之が……星夏が何度も男子と付き合って別れ続けるその理由を。
========
放課後……と言ってもバイトを終えて時刻は既に午後九時を回っている。
明日は土曜日だから学校もないし、シフトも無いため久しぶりにゆっくりと休めそうだ。
そう考えながら借りている1LDKの部屋があるアパートのドアに鍵を差し込むが……回しても鍵が開く手応えが無かった。
鍵が開いている証拠だ。
「……」
今朝、家を出る時に鍵を閉め忘れたなんてことはない。
単に先客がいるだけだ。
どうやら昼休みに名前を聞いた交際相手も過去の男になるらしい。
今回もまたダメだったかと息を吐きつつ、ドアを開けて中に入る。
玄関には俺の足と比べて小さめの靴があった。
もちろんこれは俺の靴ではない。
部屋を借りている人より先に中に入れたのは、合鍵を渡しているからだ。
外で待たれるより、こうして中にいてくれる方が良いだろうという考えがあってこそである。
向こうは俺が帰って来たことに気付いているはずだが、特に出迎えて来る様子は無い。
まぁ同棲しているカップルってわけでもないし、期待する方がおかしな話だろう。
複雑な心境を飲み込みつつ向かったリビングのベッドの上に、彼女はうつ伏せになった姿勢で足をブラブラと揺らしていた。
どうやら棚に置いてあった漫画を読んでいるみたいだ。
放課後になってすぐにこっちに来たためか、制服姿のままでただでさえ短いスカートの裾が捲れて、水色のパンツが露わになっている。
程よく肉付いた尻に一瞬だけ眼を奪われるものの、今日までに何度も見ていると気持ちを落ち着かせていく。
そうやっていると俺の存在に気付いたのか、彼女は上半身を捻ってこちらへ顔を向ける。
「あ、お帰り~こーた」
にへらと脱力した笑みを浮かべながらそう挨拶をして来た。
康太郎という名前を長いからという理由で『こーた』と呼ぶのは彼女だけで、そう呼ばれること自体に微かな優越感を覚えている。
「おう、ただいま……
──星夏」
そんなことはおくびにも出さずに彼女──咲里之星夏からの挨拶に応える。
片やビッチの噂で有名な星夏と、片や目立たない俺にこんな接点があるなんて、クラスメイトや噂を知っている人達は夢にも思わないだろう。
挨拶を交わした星夏は身体を起こしてベッドに座り込む姿勢に替える。
そのため残念ながらパンツはスカートの奥に隠れてしまった。
けれどもあくまで顔には出さないまま、俺は荷物を片付けつつ星夏に問い掛ける。
「こうやってここにいるってことは、今回も長続きしなかったみたいだな」
「そうだね~二週間くらいだったかな。今日の放課後に別れた」
「ざっと半月か……まぁ持った方ではあるか」
「一週間目は良い感じだったけどね~。後半からはもうダメダメ」
彼氏と別れたにしては星夏はケラケラと笑って見せる。
どうやら海森は未練も無い程に彼女のお眼鏡に適わなかったらしい。
今まで付き合っていた元カレ達の大半も、こんな感じであっさりと別れていたもんだが。
彼女がここに来ている理由は大きく分けて二つ……自分の家に居たくない時か、付き合っていた彼氏と別れた時だ。
後者の今回はただ寝泊まりするだけに留まらないため、これからゆっくり寝て休むことは叶わない。
バイト終わりの身体に鞭を打つと思うと、嘆息してしまうのも仕方ないだろう。
俺がそんなことを考えている間に、星夏はゆっくり制服を脱いでいた。
そうなれば必然的に彼女の身体を隠す障害物は無くなり、あっという間に水色で統一された下着だけの格好になる。
シミ一つない白い肌にブラで覆われたEカップの巨乳、細く引き締まった腰のくびれとさっき見たパンツで申し訳程度に隠された張りのある尻……。
見慣れているはずなのに何度見ても、その魅惑的な姿に生唾を飲み込んで見惚れる。
それに飽き足らず星夏は、誘惑するように胸を持ち上げ出した。
当人の手によって柔らかな胸がぐにゅぐにゅと形を変え、否応でも視線が向いてしまう。
視覚で人の性欲を刺激するのが楽しいのか、彼女は可愛らしい顔で浮かべた意地悪な笑みを俺に向ける。
「ねぇこーた。今からエッチしようよ」
ムードもへったくれもないセックスの誘い。
美少女にこう言われて断れる男は逆に見てみたいレベルで居ないだろう。
現に俺のズボンには立派なテントが作り上げている。
「……俺、バイト終わりで疲れてるんだけど?」
せめてもの抵抗としてバイト疲れを断り文句として告げるも、一度スイッチの入った星夏に通用するはずもなく……。
「じゃあアタシが動くから、こーたはベッドで寝てて」
「……へいへい」
なけなしの言い訳を簡単に却下する。
てか俺のベッドなのに我が物のように誘導したことに突っ込む気力も無い。
一つ屋根の下で共に暮らし、かつセックスまでする仲ではあるが俺と星夏は恋人ではない。
肉体関係を持っている友達付き合い……要はセックスフレンドと呼ぶのが妥当だ。
とは言ってもお互いだけが唯一のセフレで、星夏は彼氏では無い男に身体を許す程軽薄でもない。
そういう意味では俺はかなりの例外と言える。
とはいえセックスを条件に彼女に寝床を貸している訳ではない。
過去になし崩し的に体を重ねることになり、以来こうして口直しの様に逢瀬を交わす様になったのだ。
そして、俺がこの関係を受け入れたのは……。
荷科康太郎が咲里之星夏に恋愛感情を抱いている。
それが唯一にして無二の理由だからだ。
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