その五

『野郎!』

 弟分の一人、背が低くて、ガマガエルみたいな顔と体形をしている・・・・が、俺の肩を掴む。

 こういう時、気分は”日活アクション映画”だった。

 俺はチンピラに因縁を付けられた赤木圭一郎よろしく、ガマガエルの腕をねじり上げ、腕を振ると、奴は情けない声を上げて、床に思い切り叩きつけられた。


『こいつ、表へ出ろ!』もう一人のイタチと、兄貴分のノッポが懐に手を突っ込んだ。

 だが、俺の方が早かった。

 二人の手が懐に彷徨った時、俺はもう既に相棒M1917を抜き、銃口を向けていた。

『いいよ。だが俺は探偵だ。あんたらと違ってこの銃も所持を許されてるモノホンだぜ。さあ、どうする?』

 ノッポとイタチは互いに顔を見合わせ、殆ど同時に舌を打ち鳴らした。

『おい、いくぞ』

 腕を押えて床に突っ伏していたガマガエルを無理矢理立たせると、こういう場合の彼らの捨て台詞であるところの、

”覚えてやがれ、これで済んだと思うなよ”

 を残して、そのまま店を出て行った。

 俺はもう一度止まり木に座り、グラスを差し出した。

『今日はあがったりだわ。またおごりだなんて』

 俺は無言で五千円札を一枚おく。

 彼女は肩をすくめ、そして笑って見せた。

『探偵さん、あんたなら信用してもよさそうね。早苗ちゃんの居所、教えてあげる』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 港の見える坂道を上がって行くと、昇り切ったところに、その教会はあった。

 白いペンキで塗られた、腰くらいまである高さの塀に囲まれ、赤いレンガの屋根に塀と同じ白いペンキで塗られた木造の外壁、赤い瓦屋根という、和洋折衷みたいな古い建物だ。

 恐らく昭和30年代頃に建てられたものだろう。

 横浜ハマの風情にすっかり溶け込んでいる。そんな感じだ。

 尖塔、その天辺にある鐘、どこからか穏やかに流れる讃美歌。

 庭は広く、緑の芝生とバラの花・・・・。

 これでその庭にお淑やかな黒い服を着た修道女姿の吉永小百合か芦川いづみでも立っていたら、正に往年の日活映画そのものである。

 だが、そうじゃなかった。

 時計塔の鐘が鳴り、すぐ下の大時計の針がまっすぐ上に重なると、次に聞こえたのは子供たちの歓声。

 数名の子供たちが庭に出てきた。

 後から追いかけてきたのは、クリーム色のセーターにジーンズ、エプロンを掛け、髪をひっつめに結った若い女性。

 彼女は子供達に大きな声で何かを指示している。

 庭に出ようとしていた子供たちは、彼女の言うことに素直に従い、又室内へと戻っていった。

 鍛鉄製の門を開け、俺は庭に入ると、

『失礼ですが、貴方が遠山早苗さんですね?』

 俺は認可証ライセンスとバッジを提示し、蜘蛛の巣のママに聞いてきた、乾宗十郎という探偵だと名乗った。

 彼女は自分の足にまとわりつく子供たちの頭を撫でながら、俺と認可証の写真を交互に長め、それから子供たちを教室に入れてから、俺を応接室に案内した。


『どうぞ』・・・・

 応接室に通された俺に湯気の立つレモンティーのカップを、丁寧な手つきで起き、お盆を抱えたまま、遠山早苗は俺と向かい合って腰を下ろした。


『貴方が児童養護施設にお勤めとは知りませんでした。てっきり夢を叶えてイラストレーターか、グラフィックデザイナーになられたと思っていましたんでね』

 滅多に飲まない紅茶を口に運び、俺は驚いたような・・・・いや、実際本当に驚いたのだが・・・・顔をして見せた。


『今でも目指しているのは確かです。ただ夢を見ているだけでは生活はしてゆけませんからね。』

 彼女はお盆を傍らに置いてから、魅力的な笑顔を俺に返した。




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