その四
俺が
ここは新橋のガード下にある、看板が傾きかかった、止まり木しかない小さなバァである。名前は”蜘蛛の巣”
流石に本物の蜘蛛の巣こそ張っていなかったが、店内は薄暗く、他に客はいなかった。
『探偵さん、あんた、誰に頼まれて早苗ちゃんのこと調べてんだい?まさか・・・・』
俺は苦笑して、シナモンスティックを齧ってから、
『何を勘違いしてるのか知らないが、免許持ちの探偵は非合法組織からの依頼は受けちゃならないことになってる。仮にそんなことしたら、明日から免許をとりあげられてメシの食い上げになるんだよ。』
『本当かい?』
メイクが半分落ちかけた顔で、俺の方を見返した。あんまり気持ちのいいものじゃないが、決して不細工という訳でもなく、むしろ愛嬌のある顔立ちに思えた。
『俺は探偵だぜ。月並みな言い回しだが、”ウソと坊主の頭だけは結ったことはない”のを信条にしてる』
『分かったわ』
彼女はそういい、ジャック・ダニエルズのボトルとグラスを、シンデレラの前で杖を一振りした魔法使いの婆さんみたいに巧みにどこからか取り出してカウンターの上に並べてみせた。
『一杯呑む?あたしのおごりよ。』
にっこりと微笑んでみせ、私は気に入った男にしかおごらないのよ。と付け加えた。
次に彼女が出してきたのが小さなアルバムである。
頁を繰ると、そこには同じ人物と思われる女性の成長して行く様が何枚もあった。
『それが早苗ちゃん、初ちゃんの娘よ』
蜘蛛の巣のママは、ゴロワーズに火を点け、煙を吐く。
俺はグラスを舐めながら、写真を眺めていた。
あどけない目をしているが、どこかはかない感じにも見える。
『初ちゃんは早苗ちゃんをとても可愛がっていてね。一人で懸命に働いて、彼女を育てていたの。』
ママの名前は文子といい、初子とは、ちょうど安田が塀の中に入ったのと同じくらいの頃からの付き合いだという。
『彼女、自分の昔については、あんまり喋らないほうでね。ただ、早苗ちゃんのことは”私がこの世で一番惚れた男との証だから、粗末に育てるわけにはいかない”っていつも言ってたっけ』
しかし初子は、早苗が10歳になって間もなく、病気で亡くなったのだという。
『もともと身体があんまり丈夫じゃなかったのに、無理をしすぎたのよね。』
彼女はまた煙を吐いた。
早苗はその後、施設に預けられ、16になるまでずっとそこで育った。
それからは働きながら高校、大学へと進学し、グラフィック・デザインを学んで、現在はそっちの方で身を立てるべく努力しているという。
『でも、彼女のお父さん・・・・あたしは名前は知らないんだけど、その筋の人なんでしょう。だから何処にいるかは教えられないのよ』
彼女がそう言いかけた時だ。
店の扉が開いて、目つきの悪い三人組の男が入ってきた。
『邪魔するぜ』
『何度来たって答えは同じだよ。早苗ちゃんがどこにいるかなんて絶対に喋らないよ。邪魔するくらいなら、とっとと帰ってくれない!今夜はお客がいるんだからね』
三人組の兄貴分と思える背の高い男が、俺の方を嫌な目つきで睨んだ。
『俺達にだって意地がある。帰ってくれ、はいそうですかと引き上げるわけにはゆかねぇんだよ。何しろ
俺はそんな奴らを無視し、そっぽを向いてグラスを舐めている。
『悪いがな、あんちゃん、そういう訳だから大人しく帰ってくれないか?』
のっぽが嫌な声を出す。
『意味が分からんな。そういう訳ってのはどんな訳だね?』
『あんただって怪我をしたくねぇだろ?』
『怖いお兄さん達ってのは、昔も今も変わり映えしない言葉を使うんだな。怪我はしたくないが、出ていくのも嫌だ』
俺は肘をついてグラスを舐め、嗤いながらノッポの顔を見た。
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