その三
『ところで・・・・』
俺は安田氏が丁寧なお辞儀を何度かし終えて、ソファから立ち上がりかけた時、そう言って声をかけた。
『ついでですが、聞いておきたいことがありまして。貴方はその娘さんを探して、どうするおつもりなんです?父娘の名乗りでも上げるとか』
彼は寂しそうに笑い、ポケットに手を入れ、何かを取り出した。
『まさか。言ったでしょう?
ポケットから彼が取り出したもの・・・・それは紫色のビロード張りの小さなケースだった。
彼はそれを掌に乗せ、俺の方に差し出す。
『開けてみても?』
黙って頷いた。
俺はそいつを手に取り、蓋を開ける。
中に入っていたのは指輪・・・・何の変哲もない、銀色のリングに、小さなダイヤモンドが載っている。
『初子に買ってやる約束をしてたんです。大したもんじゃありませんよ。街中の宝石屋で誰でも買えるような
彼は何かいつくしむ様に、そのケースを撫でた。
『それなら何も私に頼まなくても、貴方がご自分で渡せばいいでしょう』
答えは分かっていたが、俺はわざと知らぬふりをして聞いてみた。
『勿論、そうしてやれりゃ一番いいんですがね。ただ、あっしを見て下さいな。
てこなかった男ですぜ。そんな男がいきなり”俺がお前の父親だ”なんて名乗り出
たって、向こうは驚くばかりでやしょう?それに向こうは
『・・・・それに』
彼は煙と共に言葉を吐き出す。
『それに?』
『
『追われているって、
『いや、それよりももっとタチの悪い連中でさあ』
一つはかつて安田氏がカチコミを掛けてもろともにぶっ潰した”組織”の残党である。
まだその幾人かが隙あらば
現に
『確かに
彼はシケモクを灰皿に突っ込み、別のに火を点けようとして、激しく咳込んだ。
『もう一つは・・・・』彼がそう言いかけるのを、俺は手を上げて押し止めた。
『肺がん、それも末期ってとこですか?』
安田氏は少し驚いたが、煙草をまた灰皿に戻し、素直に頷いた。
『医者が言うにゃあ、良く持ってあと1年かそこいらだそうです。鉄砲玉に
彼はまた激しく咳込む。
俺は黙って彼の手にあったケースを取り、ポケットにしまい込んだ。
『もう契約は済んでるんです。だから大船に乗った気で待っててください』
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