第5話
「何も見なかった。陽子は何もしてない。何も……大丈夫。大丈夫。誰にも言わなければ、バレない……こいつは皆から嫌われてる。陽子が犯人だなんて誰も思わない」
「良子……」
「私達は双子だもの。私は陽子を見捨てたりしない」
良子は陽子の手を両手で包んで懸命に言葉を贈った。
「ありがとう、良子。ありがとう」
コウジはその光景を見て言葉を失った。長い月日を過ごしていた妻の事を何一つ理解していなかった。
「良子、どうする」
気の利いた言葉は言えず、吐き出すように告げた。何年もの苦労を皺に刻んでいる良子はとても小さく見えた。
「もう行きたい場所なんてないわ」
そう良子が呟くと、コウジは頷いて。
「そうだな。過去なんかより、未来のほうが大事だ。俺は良子の過去を見てびっくりしたが、それでも全てひっくるめて良子だと思ってる」
良子は意外そうな顔をして、コウジを見つめた。
「ありがとう。最後に……、一番幸せだった時代を見てみてもいい?」
「ああ、もちろん」
二人はエレベーターに戻り、良子は指先で「28」のボタンを押した。28歳の階に到着すると、扉が開く。教会だ。純白のドレスを身に纏った28歳の良子がいた。その横にはコウジもいて、今まさにベールを掬ってキスを贈る場面だった。二人が永遠を誓った時、良子は照れ臭そうに微笑んだ。とてもとても幸せそうな顔をしている。それを眺めている隣の良子もまた幸せそうな瞳をしている。
「良子。これからも傍に居てくれよ」
コウジは、手を握りながら言った。良子は、あの頃の笑顔を見せてそっと頷いた。
『お二人共、終了の準備が出来ました。終了を希望するなら右手を上げて下さい』
二人は手を上げた。
『それではお帰りなさい。現代へ』
バーチャルパスト装置が外された。無機質な白が眩しく、何度も瞬きを繰り返した。良子とコウジは目を合わせて、しばらくは幸福感に浸っていた。
今この瞬間から、何かが変わる。新しい事を始めたい、コウジの気持ちは高揚していた。久々に外食で腹を満たし、酒を飲んで二人は帰宅した。良子もコウジもシャワーを浴びてすぐに寝室のベッドで力尽きた。過去への旅行は精神力を使うものだ。
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