第3話

コウジは良子を安心させようと、瞳を見つめて手を握り返した。

「大丈夫だろ。れびゅうを見たらちゃんとした会社だったし」

「そうねぇ、でも心配だわ」

「それではお二人にバーチャル装置をつけるので、楽になさって下さい」

男は手際よく、コウジと良子の両方の体に装置を取り付けた。旅行客が安全に過去を旅するように、心電図等の装着や、その他五感体感装置も至る箇所に着けられた。それから、精神安定薬も飲まされる。これについても良子はどこか不安な表情を浮かべていたが、その度にコウジは安心するように目配せをした。いよいよバーチャルパスト装置が頭部から目元へ嵌め込められた。視界が闇に包まれる。精神安定剤のお陰でコウジの気持ちは穏やかだった。ただ、わくわく感だけが脳を走る。

「これから記憶のインストールを行います。ナノテクノロジーの最新技術を使い、特殊な電磁波を送り記憶中枢から過去を拾い再現致します」

「大丈夫なのか?それ」

「ご心配なく。何百人もの人が体感しましたが、副作用もありません安心安全100%ですよ。それでは、バーチャルパスト。起動します。楽しい過去の旅を」


インストール開始。機械の声が言った。程なくして、二人はとある建物の中に立っていた。そこは見た事のない施設だ。屋内型アミューズメントパークというのだろうか。そんな形状をしており、本物のような人々が歩いたり楽しんだりしている。ざっと見渡してまず目に入ったのはタコの形をした上下に浮いたりするアトラクションだ。コウジは口を開きっぱなしでぼんやりとリアルな物体を眺めていたが、そのまま良子に尋ねた。


「ここ、仮想現実なのか?」

「ええ、そうみたい」

「不思議な感じがするな」

「そうね。不思議ね」

「おい良子、俺の事叩いてみてくれ。ちょっと」

「ええ?嫌よ」

「いいから。ほら早く」

コウジの頬を軽く叩く。

「いたっ!凄い。凄いぞ本当に感じる!」

痛みを感じた途端に高揚感が全身を駆け巡り、子供のように飛び跳ねたが、良子は呆れたようにそれを眺めていた。コウジは子供のように飛び跳ねたが、良子は呆れたように眺めていた。

「だがおかしいな。この場所は俺は知らないぞ」

「あなた、知らないの?」

「ああ、知らない」

そう言うと、良子ははっとしたように顔面を張り詰めさせた。

「この場所、見覚えがある……そうよ、ここ。私がほんの小さな頃に家族につれてきて貰った遊園地だわ」

「待ってくれよ。それじゃあおかしいじゃないか」

すると、館内に……いや、正しくは鼓膜に、さっきの男の声が響きわたった。

『あーあー、聞こえますか?お二人共申し訳ございません。どうやら手違いがあったようで、操作ミスのせいで奥様の方の過去へ飛ばしてしまったようです』

「ええ!?ちょっと!戻してよ」

良子は大声を上げた。

『それが、今戻してまた新しい過去へ飛ぶと、脳に混合して大変危険な状態になるのです。すみません、完璧にわたくしのミスです』

コウジは仕方ないと、相手の失敗を飲み込もうとした。自分の知らない妻の過去を旅するのも悪くない。それに前々から興味があったのも事実だった。次の言葉を発そうとした時、良子は隣で狂ったように叫んだ。

「どうしてミスなんてするのよ!!今すぐ帰して!!」

こんな良子の表情は今まで見た事がない。歯に力を入れて顔面が真っ赤に強ばり、白目の面積がこれでもかという程に開いている。そして全身が震えていた。普段の穏やかな良子とは別人のようだった。

「まあまあ、いいじゃないか。俺は良子の過去も知りたかったし。逆に俺なんかの過去より、断然楽しみになってきた」

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