第2話

良子は両親とは不仲で、今も絶縁関係の状態にある。良子は出会った頃から不思議と孤独を纏う女だった。そんな良子に、過去を旅したいだなんて身勝手極まりない提案だったと後から反省をした。

「やっぱりやめようか。もっといい場所に行こう。ハワイだとか、台湾だとか」

それでも良子は首を降って穏やかに言った。

「ううん。あなたの過去を旅してみたい。あなたの事を知れると思うと何よりも嬉しいのよ私」

当然自分の過去を旅してみたい気持ちもゼロじゃなかった。今回は良子の言葉に甘えよう、そう思った。寝て起きた後、すぐに公式サイトへアクセスをした。奮発して25万コースのバーチャルパストを二名で予約した。

それぞれの過去を体験できるコースと、相手の過去を共有できるコースとがあった。今回は後者を選択し、週末に行こうと決定した。


土曜の昼間に二人は予約の時間の五分前に、バーチャルパストグループの、長方形のビルに辿り着いた。よく磨かれた黒い床には、青い電気がミミズのように走っていた。

「何だか近未来だなあ」と、コウジは呟いた。

「匂いまで未来的よね」

良子は訳の分からない発言に、コウジは鼻をくんとさせた。無機質な匂い、とでも言えばいいのだろうか。エレベーターで75階に上がる。75階に到着すると、目の前にはすぐに受付があり、受付嬢が張り付いた笑顔で迎えている。

「ようこそ、いらっしゃいました。ご予約の方なら、お名前を思うし下さい」

ピッ、と受付嬢から電子的な音がした。どうやら彼女は人間そっくりのアンドロイドらしい。

拙い表情を浮かべながら、コウジは名前を述べた。

「斎藤コウジ……です」

「斎藤コウジ様。13時予約の斎藤コウジ様でお間違いないでしょうか?お間違いなければ、はいと答えて下さい」

「はい!」

元気よく答える。

「それではご案内致しますので今暫くお待ち下さい」

そう言い終え、役目を終えたかのように案内嬢はまた張り付いた笑顔へと戻った。二人は顔を見合わせてから、言うとおりにその場で待機した。


「何だかワクワクしてきたな。子供の頃、こんな映画を観たよ。それがもう現実なんだな」

コウジは少年の瞳をしていたが、一方の良子は渋い顔を浮かべていた。

「私はちょっと怖いわ。本当に大丈夫なのかしら」


三分も経たずに、奥の自動扉から男がやってきた。

「お待たせ致しました。斎藤コウジ様ですね。それではこちらへ」

彼はくるりと背を向け、二人を別室へ案内する為に通路へと誘った。そしてとある部屋に着いた。男が、部屋の壁に搭載されている認証システムの輪に掌を翳した。機械がピピッと唸り、何かを認知すると、扉が勢い良く横に開いた。

「さあ、こちらへどうぞ」


部屋の中は無駄のない白だった。飾り一つない事が非日常的で不気味だ。

真ん中にはベッドが二台あり、難しそうな機械がそれぞれの隣に設備されている。まるで実験室だ。コウジは思った。きっと良子も同じ気持ちだろう。

二人共、指示に従ってベッドに寝た。居た堪れない気持ちで、シミ一つない天井を眺める。すると、良子はコウジの手を握った。

「ねえ、大丈夫かしら」

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