旅する過去〜virtual past〜

白宮安海

第1話

奇妙なCMが流れた。極彩色のアニメ調の制服を着た男の子が、実写を背景とした様々な場所に賭けていき、過去の自分と出逢うのだ。最近流行りのテクノミュージックがBGMに起用されて小洒落ている。斎藤コウジは今しがた飲み下したビールの余韻で溢れたひゃっくりとほぼ同時に言った。

「旅する過去?」

それはCMの謳い文句だった。スルメの菓子の袋を手探り、一本の焦げて歪んだ足を拾うと歯と歯の間に挟んだ。その声に、台所で食べ終えた皿を洗っていた良子が顔を上げた。

「ああ、バーチャルパストね」

「何だその。バーチャルパストって」

「過去を旅できるの。確か脳の記憶を機械でこう……どうにかしてこう再現して、その記憶を頼りに架空の世界を作って、体験する事が出来るんですって」

「へえ。末恐ろしい時代になったもんだ」

奥歯でスルメを噛み締めながら、移り変わるテレビCMを呆然と眺める。缶ビールを口につけようとしたら空だったため、台所に向かって缶を掲げた。

「おい良子、ビール持ってきてくれ」

「もう、飲み過ぎじゃないの。それくらいにしておいたら?」

「いいじゃないか。もう一本」

「駄目」

良子は頑なに要求を拒んだ。諦めてコウジは密かに下唇を飛び出させて変顔をした。

「なあ、良子」

「なあに?」

「最近旅行行ってなかったなあ」

「はい」

「行ってみようか。過去旅行」

そう呟いたのは、思いつきだった。


コウジは今年、53歳を迎えた。年齢も年齢なため、これから先の未来をどうにかしたいという気もない。正直、今すぐに死んでもいいと思っている。それをしないのは周りに迷惑をかけるだとか、それもあるが、一番は良子を残して逝けないからだ。良子は唯一の家族であった。子供も生まず、二十年間二人きりで過ごしてきた。十歳年下の良子には、いつも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。他の人と比べて、自分のような男が夫で色々と我慢させている部分があるに違いない。

だからこそ、旅行へ行こうと提案した。というよりつい口にしてしまった。ドバイだとか、ハワイだとか、そんな場所を選んであげれば良かったものを、ついCMを見ていたら口にしていたのだ。それでも良子は喜んでくれた。後から寝室のベッドで寝ながら良子は言った。

「あなたの過去を旅してみたいわ。私の過去はどうせ旅しても楽しい事なんてないんだから」

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