第26話呼び覚ます振動

「「オオォォォォォォォォオォォ」」

 

 第二の矢の雨が降り注ぎ終わるか終わらないかのうちに集落の周りから鬨の声が聞こえてきた。


「っ見張りはどうしたっくそっ」


 燃え上がる見張り台を見れば答えは明白だ。


「こんな時に!」


 最悪のタイミングだ。ここまで来ないから奴らは諦めたのかと思った。


 足早に家に戻る。まず武器を揃えなければ。


「ああっくそっ!」


 抜けていた。呆けていた。堕落していた。


 馬鹿だ。大馬鹿だ。襲撃があることを知っていて、憶えていた、呑気に武装を放棄していたとは。


 殺してくれと言っているようなものだ。まな板に飛び乗る魚だってもう少し危機感がある。


「がギギャ(死ねぇ)」


「ギギャャー!(邪魔だぁぁ)」 


 口汚く罵りながら棍棒を振り上げたゴブリンの首に斜めから剣を叩き込む。

 

 散々使ったこの剣にもはや切れ味は期待できないが、それでも棍棒よりはマシだ。


 ガジュッと嫌な音を立てながら半分ほど首が取れたゴブリンが大地に倒れ伏した。


 ゴブリンの死体から棍棒をむしりとり、腰に吊るしておく。


 くそっ、どうなってやがる。


 早すぎるのだ。


 集落の位置は南にあった。素直に考えれば敵は南から来たはず。敵のおおよその位置を知っていた僕は家を北東においた。


 しかし、僕の家付近にまで敵が浸透している。


 別の敵か?それとも囲まれている?


 どちらにしても甘く見ていた。敵の強さと、自分の愚かさを。


 すでに周りでは敵のゴブリンと、この集落のゴブリンの戦闘が始まっていた。


 赤い布を頭に巻いた敵のゴブリンが槍で、鋭く味方の胸をついた。


 断裂音と共に血が噴水の如く噴き出す。


 目が合った。槍を抜いたゴブリンが据わった目で僕を睨んでいる。


「ガギギガァァァ」


 槍ゴブリンが雄叫びを上げた。


 デカイ。進化によって得たデカさか、生まれついてのモノかはわからないが、とにかく150センチはあった。


 日本で言えば成人女性くらいだが、僕よりは15センチ近く高い計算だ。


「ギガガガ(魔法の矢マジックアロー)」


 僕が真に力ある言葉によって魔術を紡いだ。


 コンマ数秒の後、魔法の矢が放たれる。


 初めて放った魔法の矢は小さな輝きを持ちながら黄昏時の空を槍ゴブリン目掛け真っ直ぐ進んだ。


 そしてーー命中する。


 咄嗟に顔を背けた槍ゴブリンの右頬を深く抉って魔法の矢は消滅した。


 槍ゴブリンは2、3歩下がって傷口を押さえている。


「ギギャャギ(逃すか)」


 シュッと鋭く息を吐くと僕は硬直したままの槍ゴブリンの脇腹に剣を突き上げた。


 剣は僕の望み通り心臓に突き刺さったらしく、槍ゴブリンがは血を吐いて崩れ落ちる。


 ドゴォォォォォォォォ


 族長がいるはずの場所から凄まじい爆発音と、空を埋め尽くしそうな巨大な炎が立ち上った。


 敵は中央まで浸透しているのか!


 僕はプライドを一時凍結して無様に駆け出した。走りながら進路上のゴブリンを斬っていく。


 幸いというべきかこの辺りで一番強そうな槍ゴブリンは僕が倒したので、僕に積極的に向かってくるゴブリンはいない。


 走って家に向かうとドアが乱暴に開けられている。


 無言で突入し、棍棒を持つ部下とやり合っていたゴブリンの頭をむんずと掴み、壁に叩きつける。


 一回、二回、三回、と叩きつけていくごとに原型を失っていくゴブリンの頭は、6回目でついに片側が崩壊した。


 ようやく我が家を土足で踏み荒らされた怒りを落ち着かせた僕は心の中で愕然とする。


 何この脳筋プレイ。僕一応後衛なはずなんだけど。


 ま、いっか。


 凍りついていた敵兵をトレントにやられたように纏めて吹き飛ばす。


「残り2匹」

 

 僕は小さく呟くと明らかに肩を縮こまらせているゴブリンの腹を切り裂き、返す刀でもう1匹斬り上げた。


「私の武器を持ってこい」


「はい」

 

 頬についた返り血を拭ってからそう命じると、比較的状態の良い部下が一人飛んで行った。


「お前たちはこいつらの武器と防具を剥ぎ取って自分でつけておけ」


「はっ」


「ん?ちょっと待て」


 訝しげに僕を見ている部下たちは、先ほどまでとは明らかに見た目が変化している。


「進化したのか?」


「どうやらそのようですね」


 どうやら?自分で進化先を選ばなかったのか?


「進化先は選べなかったのか?」


「は?進化先?」


「……なんでもない。剥ぎ取っておけ」


「はっ」


 代表して答えた1人を仕事に戻してから僕は再び思考に脳のリソースを割いた?


 なぜこいつらは僕と違って進化先を選べなかったのか?邪神の加護がないから?ステータスが見られないから?


 待て、そもそもステータスとはなんだ?


 この前封じ込めた疑問がまた湧き上がってきた。


 今はそれどころではないか。それはわかってる。


 よし、とにかく部下たちが使えるようになったのは素直にありがたい。今はそれで納得しよう。


 進化によって傷が回復したものを使えば、当面は問題ないだろうし、まだ進化していないのは、2人か。ま、すぐに進化するだろう。


 多分今進化している4人は僕が今片付けた敵兵の経験値によって進化したんだろう。


 ゴブリンの経験値などたかが知れている。


「持ってきました」


「ご苦労」


 軽く部下を労ってから鎧を着用した。


 うーん、この安心感。長くきていると疲れるんだけどやっぱり常に着ることにしようかな。


「戦えるな」


 冷徹な声(多分)で部下にそう問うと怪我を負っていた部下たちは頷いて答えた。


「それでいい。私に忠実であれ。世界の半分はやれないが貴様らの欲望を満たしてやろう」


 この不思議な高揚感を人は武者震いと呼ぶのだろう。


 嗚呼、血が騒いでいる。

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