第15話パワハラだよねぇ
ゴブリン君たちの尊い犠牲の下、急を脱した僕はルンルン気分でイヤリングのような装飾品をなでた。
綺麗な宝石らしき物や何かの骨を繋ぎ合わせて作られた原始的な物だが、同じようなネックレスを上級のゴブリンが身につけていた。
だから献上しても大丈夫なはずだ。きっと、多分、めいびー。
コキコキと首を鳴らして手を首元にやるが生憎とネクタイはなかった。
「よし」
集落に入る前に、
「ステータス」
——————————————
種族:ゴブリン
位階 : 新兵
状態:通常
Lv :13/15
HP : 42/63
MP :19/19
攻撃力:27
防御力:21
魔法力:15
素早さ:14
魔素量:E
特性スキル:[成長率向上][邪神の加護:Lv2]
[仲間を呼ぶ]
耐性スキル:
通常スキル:[罠作成:Lv1][槍術:Lv1][剣術:Lv1]
称号スキル:[邪神の教徒][同族殺し]
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おおぉー、順調に伸びてるな。特に魔素量がEに上がったことが地味に嬉しい。これで位階さえ上げれば完全に初期状態を脱出できる。
ここまで来るのに四十日ほどかかったが、今思えばそれも良い思い出••••••でもなかったな。
これといった目標はないけど、さすがに使い捨ての非常食として生を終えるのは勘弁願いたい。
というか本当に僕は何がしたいんだろうな。学生でもなかったし、考えるほどの将来もなかったからな。
最後に将来に思いを馳せたのはそれこそ思春期だったと思う。
無論湯船に浸かりながら仕事辞めてーな。と呟いたのを除けば。
泣けてきた。よし、考えていて辛いことは考えない。これ鉄則な。
頭を掻き毟って辛い考えを放棄した僕は、丁度よく見えてきた集落に入り、例の建物を目指す。
差し詰めハロワに通う三十代派遣と言ったところか。あー、ホントにもっと平和的な職業斡旋所に行きたい。
職につかないならまだしも、くだらない理由でボコボコにされる可能性があると言う地獄っぷり。なにそれ、厳しすぎるでしょ。
完全武装の僕にジロジロと視線を注ぐゴブリンたちを無視して堂々と歩く。
貴重な鉄製の槍を持ったゴブリンの門番に軽く会釈した。
「献上品を届けたい」(※以下日本語訳)
二人の門番が顔を見合わせて小さく頷き合う。
「いいだろう。ボスの部屋に案内しよう」
ついてこい、と片方が言って僕が返事をする前に歩き出す。
思っていたより事態がすんなりと進んでしまった。
門番に絡まれるとかもっと面倒なことを予測していた身としては肩透かしを食らったような気分だ。
進むにつれて不愉快な嬌声と特有の不快な臭いが強くなる。
思わずしかめたくなる顔を意思の力で押し留めて無表情を維持した。
プライベートに仕事を持ち込むのに比較寛容だった僕でもお楽しみの最中の上司と会うなんて御免被りたい。ゴブリンなら尚更だ。
門番が遠慮がちに扉を叩いた。
「族長。お忙しい中申し訳ありません」
「なんだ」
扉の向こうから聞こえるボス、もとい族長の不機嫌そうな声に身を震わせながらも門番は言葉を繋げた。
「貢物を持った者が来まして、後になさいますか?」
「いやいい、入れろ」
門番が開けた扉に一人で入った。
族長はメスゴブリンに虫でも払うかのように手を振り退出を促す。にしても、メスゴブリンに需要なんてあるのか。
「で、なんだ」
低い声で問いかけてきた族長は控えめに言って怖い。
大型種の中でも特に大きい者は3メートルはあるが、族長は2メートルと少し。しかし、威圧感は他のゴブリンの比ではない。
筋肉の詰まった薄緑の肌に、捻じ曲がった角、そして僕の中指よりも長く太い牙。
部屋の反対にある動物の皮で作られたベットに腰掛けているので、物理的距離はそこそこあるが、族長がその気になれば僕は二秒ともたないだろう。
「お時間をいただーー」
族長が面倒そうに手を振る。
「挨拶は不要。さっさと終わらせろ」
首肯してから慎重に言葉を紡ぐ。壊滅的な美的センスはともかくとして族長の知能や性格を侮ることはできない。•••ホントにメスゴブリンの何がいいんだろう。
もし今のこのシステムがーー特に集落の形成がゴブリンの種族としての本能に基づいたものでなく、このゴブリンが考えついたなら恐るべき知能の持ち主ということになる。
「では」
一言断って僕は三本得た剣の内一本と装飾品を両手で差し出す。
「ふむ」
無造作にそれを受け取った族長は鉄製の剣をゆっくりと手の中で回す。
「なかなか良い剣じゃないか」
「恐悦至極にーー」
「にしても」
族長の透明な声音に僕はじっとりと冷や汗をかいた。
「見覚えのある剣だ」
族長が剣から目を上げた。
「部下に与えたはずなのだが、お前に与えたんだったか?」
「はい、いいえ、私に与えられた物ではありません」
「だろうな。これは余談なんだが、最近この剣を与えた部下が行方不明になってな。何か知らないか?」
用意しておいた答えの中から必死に最適な物を考える。
ここで下手にシラを切ればDEADEND確実だ。
「はい、族長。二日ほど前に森で遺体を発見しました」
「死因は?」
「わかりません」
そうか。と小さく呟いて族長は立ち上がる。押されるように僕は一歩下がった。
「なぜ、それを即座に俺様に報告しなかった?」
来たか。当然予想していた質問だ。
「ホウコク?なんですそれ」
族長が口の端を歪めた。そうだ、馬鹿なふりをすれば•••
「ッゴバッ」
壁に叩きつけられた衝撃で肺にあった空気を強制的に吐き出させられた。
族長が僕の首を掴んでそのまま壁に押し当てていた。
「俺を愚弄するならもっと上手くやるんだな。で、お前が殺したのか?」
ミシミシと嫌な音が僕の首から聞こえた。息が出来ない。今ならベイダー卿に絞め殺された帝国軍人と友達になれる気がする。
「•••ッ••ュ」
弁解したくても声が出ない。
クルシイ、
なるほど、これが言葉に出来ない思いか。作詞をした時首を絞められていたに違いない。
壁がミシミシ言い始めた。このままだと走馬燈に見えるような体験をせずに壁のシミになりそう。
クルシイ、クルシイ、クルシイ。
それより先に気が狂う。
「話せなかったか」
首の拘束が少しだけ緩み、転がる巨石から逃げるインディージョーンズも真っ青な勢いで体を血流が回り始めた。
僕はヒュ、ヒュと喉を擦るような細い息を合間に挟みながらなんとか頭を回転させる。
「お前が殺したのか?」
族長の声音は話の内容と比べて驚くほど静かで、それが逆に恐ろしい。
だが、呑まれるわけにはいかない。
「ご、ご冗談を。私に彼らを殺す程の力はありません」
ひどく掠れていながらも声を出せた自分に大感謝。
「では、誰が奴らを殺した?」
さて、誰のせいにしようか。コボルトは、ダメか北に住むゴボルトでは遠すぎるな。
ここでやはり情報不足が効いてくる。族長が鴨の行き先を知っていないならば幾らでもやりようはあるのに。
リスクは取れない。
「詳細は存じ上げませんが死体の傷から見るに獣の仕業かと」
「ふむ」
族長は僕の首を絞めていた手を無造作に離した。
ドガッ、嫌な音と共に体の芯まで響く衝撃が走る。
ゲホゲホと咳き込みながら立ち上がる僕を無視して、族長は部屋の中を行ったり来たり歩き回っていた。
「猪といいこたびの事といい、やはり獣使いビーストテイマーの類がいるな」
まさかあっさり騙せてしまうとは。
にしても、猪とは、先日集落を襲った猪で間違いない、と思う。
獣使いが何のことだかよくわからないが、語感からして文字通り獣を使う系のヤツだとしたら、集落を攻めた人物が今度はそれなりの数の部隊を壊滅させた。とか?
うーむ。わりとありそう。あれ?もしかして僕って嘘をつく才能があるのでは?
僕が下らないことを考えている間に結論を出したらしい。族長は歩みを止めた。
「よし、これは調べなければなるまい。お前、階級を上げてやる。明日から俺の狩に同行することを許可する」
いろいろあったけどこれで目標達成、かな。
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