第8話回転する死

 挑戦だ。ボロボロになったコボルトの首を引きちぎって脇に抱える。


 さて、重要なのはタイミングだ。ボスが帰ってくるのと同時では遅いし早すぎてもボスに功績が伝わらない。


「どうしようかな」


 そう考えると随分と楽しい気分になって来た。前世がどんな人間だったかよく覚えていないがエリートリーマンだったのかも知れない。


 この独特の高揚感。プレゼンを前にした者のそれだ。


 しかも、成功すればその後の生活に直結するし、失敗しても上手くやれば土下座を強要されたり、サンドバック代わりに嫌味をネチネチ言ったりもされない。


 ホントにあいつら何なんだよ。他人の悪口が言いたいならお前たちで分かれて罵り合えよ。あの生産性という言葉の対極にいるカスども……


 やめよう。僕は過去を振り返えらない男だ。


 まあ何にせよ集落に行かなければなるまい。


 時折僕に付いた血の匂いに反応する獣たちに怯えながらなんとか集落にたどり着いた僕は口を開けてコボルトの首を落とした。


 ドサリという音が悲鳴と破壊音の中で掻き消される。


「ブゴゴゴォォォォォォォ」


 凄まじい怒号を上げて猛り狂っている猪がいた。


 体長は2mを超え体高は1m半は堅い。特筆すべきはその長い牙だ。黄色ががった白い牙の先端は血で濡れていた。


 ゴブリンの血は赤いのか。そんな場違いな感想が浮かんだ。


 それほど有り得ない光景だった。有り得てはならない光景だった。


「ギガャギギー」


 集落に残った大型のゴブリンが突撃の命令を出し、ゴブリンたちは粗末な武器を構えて突き進むが次々と蹴散らされる。


 圧倒的に不利だ。大型トラックに子供が生身で自爆特攻したって大した意味はない。


 しかし、


「割と行けそうだな」


 雑兵だと思われる小型、僕と同じくらいのゴブリンに混じって、中型のゴブリンが突撃していた。


 中型のゴブリンは蹴散らされているが同時に猪に傷を負わせている。

 

 一つ一つは大した傷ではないが、チリも積もればというやつだ。


 それに、集落の他の部分に目を向ければ大型のゴブリンたちが比較的まともな武装を整え始めている。


 そして、粗末ながらもそれなりに威力のありそうな弓を構えたゴブリンもいる。


 高く組まれた櫓のような場所から一斉に矢を放った。


 肉に硬い物が突き刺さる音と、ゴブリンと猪の双方が悲鳴を上げる。


 そう。弓兵の矢は味方にも刺さっていた。


 しかし、多くは猪に刺さったようで毒でも塗ってあったのか徐々に猪の動きがぎこちなくなっていく。


 「おお、ゴブリンやるじゃん」


 帰って来た時は何があったかと思ったが割と大丈夫そうだ。


 そうだよなゴブリンたちもこの森で生き抜いているんだよな。


「ブブブ、ブゴゴオォォオォ」


 と、思ったのも束の間、猪がようやく危機感に目覚めたのか、凄まじい咆哮にゴブリンたちが金縛りにあった一瞬を狙って集落の出口に走り出した。


 あれ?こっち来てね?


 は?


 遠かった猪の影はすぐに大きくなり、その一歩ごとに大地が激震する。


 動かない体に全力で命令を出しよろよろと横に避ける。


「嘘だろ。なんでこっちくんだよ」


 今の僕の気分を表現するならあれかな。関ヶ原でなぜか島津とかいう戦闘民族の逃走路に配置されてしまった徳川さんちの兵隊?


 無論、避ける。


 一歩一歩が酷く遅く感じられる拡張された時間の中で僕は全力で横手に転がった。


 がーー、明らかに猪はこっちに来ている。


 冗談だろ?


行き掛けの駄賃に僕を轢き殺すつもりらしい。


 おいおい、おいおいおい。


 咄嗟に石槍を突き出した。


 幸運にもそれなりに長い木で作った石槍は猪の牙より長いようで、プスリと小さく刺さった。


 が、だからなんだというのだ。ダンプカーに物干し竿で対抗出来るわけがない。


 邪神の下した恩寵かなにかか、石槍は目に刺さったが、猪が軽く首を振るとペキリとへし折れた。


 ーーーあ、死んだ。


 遅くなっていた時間がさらに鈍感する。一秒が何時間にも思える。


 ゆっくりと滑らかな動きで牙が頭に近づいてくる。

 走馬燈を見るほど中身のある人生を送っていないことが悔やまれるな。


 そして吸い込まれるようにーーーー




























 猪の頭に唸りを上げながら回転する斧が突き刺さった。

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