第7話レース

 ひたすらに走り続ける。「行け、ソニーック」と応援してくれる人もいなければ追いかけてくるのはコボルトだ。


 茂みに突っ込み、石を飛び越え、木の横ギリギリをすり抜ける。


 我ながら驚くようなパルクールだ。


 苔に足を取られないように気をつけながらチラリと振り返ればなかなか様に、僕より様になった四足歩行の怪物が。


 なんなんだ、チクショウ。

 無論僕とて無鉄砲に走っているわけではない。先ほど作った罠を目指して走っている。


 怖かった。頼りの罠はしょせん素人が作ったもの。肉壁ゴブリン共の集落はその先だ。



 そうこうしている間に罠の横の木につけた目印が見えてきた。自分で罠にかかったらコトだと思って付けたのだが、予想外の所で役に立つ。


走る勢いで穴を飛び越えた。


 そのまま少し歩くと、願い通り


「ギャァゥン」


 という悲鳴が聞こえた。


 しめしめ、と言うべきだろう。童話の悪役ならば。しかし、僕程のRPGの悪役となれば


「ギャギャキキ(ザマァ‼︎)」


と言わねばならまい。柔らかなバリトン(ゴブリン基準)で朗々と上げられた声は感動のあまり聴衆が殺意を抱くほどのものだった。


 殺されちゃうのかよ。


 そんなゴブリンだったが、その足取りは慎重そのものだ。


 穴の底に立ててあった幾本もの鋭い木の棒を身体中に生やしながらもコボルトの戦意は衰えていない。

 それでこそ魔物だ。怪物だ。


 僕はニヤリといやらしい笑みを浮かべて石の槍を振りかぶり、コボルトに突き刺した。



 ギャゥンという悲鳴を聞きながら、僕は再び振りかぶる。


「ギュウン」


 もう一度。


「ギャァゥン」


 もう一度。


「ヒィン」


 もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度。


 最後の一撃で、コボルトの体が弛緩した。体から力が抜け、槍を抜くとパタリと人形のように倒れた。

 

 僕は無抵抗の相手を無残に殺したのだ。


 自分を責めるような言葉を並べ立て

ても心に痛みは走らない。かけらも痛くなくて、それが僕に痛みを与えた。


「さてと、いよいよ僕は心も人間を辞めてきたかな」


 それは後で考えるとしよう。


 ボロボロの首を掴んで落とし穴から引き上げる。前に、



「ステータス」


種族:リトルゴブリン

位階 : 新兵

状態:通常

Lv :4/5

HP :9/9

MP :2/2

攻撃力:6

防御力:8

魔法力:2

素早さ:10

魔素量:G


特性スキル:[成長率向上]

[邪神の加護:Lv1]


耐性スキル:



通常スキル:[罠作成:Lv1]

称号スキル:

[邪神の教徒]


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「おおっ、微妙に上がったか?」


 全部一桁だが一応上がっている。

それに、


「スキル獲得!」


 これが一番嬉しいかもしれない。それにしてもスキルは何か効果があるのだろうか。


 スキルがあれば罠が上手く作れるとか?それともスキルはただ能力を表示しているだけなのか。


 にしても一体でレベルが3も上がるとはコボルトは随分強敵なのか?いや、リトルゴブリンが弱いだけか。


 やめよう。悲しくなることを考えるのはやめよう!


 うぅ、ゴブリンよりドラゴンに転生したかった。


 流れてもいない涙を拭った。

 そんなことより、腹減ったな。


 いい感じの平たい石を探して、見つけた石に腰掛ける。


「い、いただきまーす」


 ここ一ヶ月で慣れたとは言え非力な俺が殺したコボルトはちょっと、かなりグロいことになっていた。


 少々躊躇いながらも生肉を口に運ぶ。


 うん、不味くはない。別に美味しくもないけど。まあ、いいのだ。腹が満ちれば。


食事に最も求めるべきものは味ではなく空腹を避けることだと最近学んだ……涙とともに。


 ハラガヘル、キツイ。


 さてと、どうしようか。


 血に呼び寄せられた魔物共が来る前に最速で食べながら考える。


 どうする?もし僕が考えているようにコボルトが難敵なのだとしたら、初めての狩で、しかも単身で討ち取ったゴブリンをゴブリンはどう思うだろうか。


 当然、同期や一回り年長のゴブリンは嫉妬するだろう。そのことには問題はない。

 それくらいなら小学生より低い知能しか持たないだろうし、ちょっと煽れば面白いことになるだろう。


 同格、コボルトを一人で狩れる程度のゴブリンは多分さらに年長であるはずだ。それらの憎悪が、一番の不安材料かもしれない。が、彼らも所詮ゴブリンなんとかなる。


 もっとも警戒すべき強いゴブリンたちは見た感じコボルト程度歯牙にもかけないだろうから、こちらがどうこうする必要もないだろう。


「上の者に嫉妬し、同格の者を憎悪し、下の者を侮蔑する、か」


 わーお、なんて人間味のある反応。あれか?もしかしてみんな転生してるの?


 で、問題はこれを見せびらかすかだ。


 どこぞのサイトに掲載された異世界転生物の主人公みたいに、


 あれぇー、僕また何かしちゃいましたぁ〜。


 とかやるべきかな?やらんけど。


 あれホントなんなんだろうな。内なる人格が承認欲求を肥大化させてるとか?


 ま、コボルト程度じゃどうにもならないだろうけど。


 はっ、ここにも主人公精神が‼︎


 お祓お祓。さてなんだっけ。大分思考が脱線している。えーと、そう。誇示するか、しないかだった。


 高みに至るために必要なことはなんだ?

一番は引き上げてくれる人だ。次点でエスカレーターに乗ること。


 ここで徐々に実力をつけて大きなゴブリンの狩に参加することが後者だ。


 前者は大物を誇示してボスの直属の部下になること。


 ここで選ぶべきはーーーー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る