第十九話『頼み』

 「わたしね、4年ぐらい前にお母さんを亡くしてるの……この森のドラゴンと戦って……」

 エリアの声がクリスにはとても寂しく聞こえた。

 「でもね、お父さんと部屋を片付けてる時に見つけたの、この1冊の本を……」

 エリアは両手を広げ1冊の本を具現化する。


 「―――ドラゴンスレイヤー―――」


 背表紙にそんなタイトルが書かれているのが目に入り、クリスが問いかける。

 「それは?……」

 「これはね、お母さんが書いた全てのドラゴンに関する本なの……個々のドラゴンの特徴や性格、弱点までね」


 それから、エリアはこの森に住み続けてる理由や自分の事、今一番したい事を話し続けた。

 クリスは真剣な表情でエリアの話を聞き自分なりの意見を言い返す。


 そんな会話を何分、何時間話したか分からないぐらい話したところでクリスが切り出す。

 「エリアは、結局どうしたいんだ? 自分の母親の意思を継ぐのか、自分のしたい事をするのか」

 「っ! わたしは!……」

 と、言いかけた所で止めてしまったエリア。

 その後、数分の沈黙が続き。


 「だいぶ暗くなって来たね……クリスはこの後どうするの? 何もないならさっきも言ったけどうちに来ない?」


 クリスは腕を組み少し考えた後

 「家ってエリア1人……なの?」

 「ううん、お父さんが居るわ」

 クリスはその言葉に一瞬ドキッとしたが何故かホッとした。

 「……んじゃ、お言葉に甘えるわ」

 エリアはとても嬉しそうに「うん!」と答える。


 2人とも立ち上がり、エリアがこっちだよと指を指した。

 「すぐそこだから」

 と、エリアが歩き出したのを追いかけるようにクリスも歩き出す。


 エリアの言った通りホントにすぐそこで、5分ほど歩いただけで家らしき物陰が見えた。

 辺りはかなり暗くなり始めており、家の中から照らさせる光がよく見える。


 「着いたわ、ここよ」


 森の中に一戸だけ建っていたその家は、昼間遠くから見たら分かりづらく、周りに溶け込むように茶色の外壁に緑色の屋根……それは正しく"木"だった。

 玄関もパッと見でな見つけづらいぐらい溶け込んでおり、よく見るとドアノブが付いてるぐらいでしかない。


 エリアはそのドアノブに手を伸ばしガチャッとドアを開ける

 「ただいま〜」

 すると廊下の1番奥の扉が開き

 「おーう、おかえりエリア……ん? もしなや客人か?」

 「そう、彼はクリス……森で助けてくれたの」

 そう言うとエリアはササッと靴を脱ぎ上がっていき、父親の隣を通って父親の出てきた部屋へ入っていった。

 そんなエリアを横目で見ていた父親がこちらを向きジロジロと見てくる。

 そして、

 「娘を助けてくれてありがとう」

 と頭を下げた。


 クリスはそれに慌てて頭を下げ

 「こちらこそ、助けていただいて……」

 と言う。


 「今日はもう疲れただろう……ゆっくりして行くといい、さぁ上がりなさい」

 と父親が笑顔でいい出てきた扉へと向かって行った。

 クリスはゆっくりと靴を脱ぎ、エリアの靴と自分の靴を整え奥へと入っていく。


 そして、2、3個ある扉のうち廊下の1番奥の扉を開けて中に入ると、部屋の奥の方で料理を作っているエプロン姿のエリアが目に入った。


 そんなエリアに見とれていると、

 「クリス君と言ったかな? まぁエリアが夕食を作ってる間話そうじゃないか……久しぶりに家族以外の話し相手が出来て私は嬉しいよ」

 と、テーブルの上座に座っていた父親が言う。

 クリスは扉の近くの隅に荷物を起き、父親の右前に座った。


 「クリス君は見るからに旅をしているようだが……何を目指しているんだ? やはりあの塔か?」

 「俺は……」

 と切り出したクリスは、自分の目的や今まであった事を全部話した。


 「……ふむ、そうだったのか……なら君に必要なのは戦い方だな」

 「え……それは、どういう事ですか?」

 クリスは戸惑いの表情を浮かべた。


 「いや、今までの君の戦い方を否定する訳じゃないんだ……戦略を増やして効率のいい戦闘をと思ってな……」


 「夕食出来たよ〜」

 とエリアがこちら側を見ながら言う。


 「後は夕食の後にしようか……」

 「わかりました」


 食事中はほとんど無言だったが、親子の仲が悪いわけではなかった、これは暗黙のルールだ。

 家庭にはそれぞれの暗黙のルールがある、中には食事中は私語禁止なども余裕である。

 めっちゃ暗く感じるが……。


 エリアの料理はとても美味しい、場所が場所なだけにドラゴンを使った料理が8割だ。

 それでも、ちゃんと野菜があり、米がありでバランスもよかった。

 野菜や米は裏庭を整地し自ら育てたものらしい。

 そして、俺は確信した。

 絶対いいお嫁さんになるな……と。


 食べ終わり、食器を重ね台所へ持って行こうと立ち上がると。

 「わたし持ってくから置いてとていいよ……まぁわたしがテキトーに置かれるのが嫌なだけだけど」

 「そっか……でも、悪いし持ってくよ」

 と言い、重ねた食器を台所へ持っていく


 「なら、流し台の横に置いておいて?」

 「了解」


 クリスは言われた通り流し台の横に置き、戻ろうとした時。

 「エリア、私が食器を洗っておくからクリス君を部屋に案内してあげなさい」

 と、父親が言うと立ち上がり台所へ行き

 「……そういえば、まだ名乗っていなかったね私の名はアルデライトだ」

 と背中越しに呟いた。


 クリスはハッとしたかのようにアルデライトの方へ振り向き、

 「クリス……クリス・レギンスです! よろしくお願いします!」

 と、勢いよく頭を下げた。


 その後、リビングを出た2人は目の前の階段を上りエリアに連れられ2階へ行く。

 階段を上がった左隣にある部屋に向かい、

 「クリスはこの部屋を自由に使って」

 と、笑顔でエリアが言う。

 扉を開け部屋に入ると、南東向きの窓にその横に置かれた机と椅子、そしてその反対側に押し入れがある。

 「この部屋綺麗だね……」

 と、ボソッと言うと、エリアが顔を赤らめ。

 「じ、実はね……この部屋私の……なの」

 「……え」

 「あ、わ、私はお母さんの部屋で寝るから安心して!?」

 エリアは慌てて弁解した。


 「でも、いいのか? 俺がエリアの部屋使って」

 「私は変な事しなければ全く問題ないわ」

 「へ、変な事……?」

 クリスがそう聞き返すと、エリアはモジモジしながら

 「し、下着漁ったり?」

 「………………ない」

 とクリスは真顔で返した。


 それから数秒の沈黙が続き

 「じ、じゃあ私! 風呂入ってくるから、さっきのドラゴン狩りで汗かいちゃったし」

 と言い、部屋のクローゼットの取っ手を握る

 「あ、ごめんクリス、一瞬部屋の外に出るか窓から顔出してて……下着出すから」

 「あ、あぁ……わかった、部屋から出てるわ」


 部屋を出て5分後


 ガチャッ

 「ごめんお待たせ……」

 「おう、ゆっくり入っておいで」

 エリアはクリスに手を振りながら階段を降りていった。


 クリスは部屋に戻りベッドに寝転がる。

 「……ふぅ、この先どうしていこうか」

 と、今後の行動をどうするか考えているとコンコンとノック音が聞こえた。

 「……クリス君、居るかい?」

 クリスはベッドから起き上がり

 「居ますよ!」

 と返事をした、すると

 「ちょっと……話したい事があるから着いてきてくれるか」

 と、扉越しに言う。

 クリスは扉を開け、階段を降りていくアルデライトに着いて行った。


 さっきほど食事をしたリビングの横にスライドドアがあり、アルデライトが目の前で立ち止まるとポケットから鍵を取り出し、扉を開ける。


 ガラガラガラガラ……


 「さぁ、入ってきたまえ」

 クリスはゆっくりと入ると、そこは道場だった。

 「アルデライトさん、ここは……」

 「私が道場を開いていた頃に使っていた場所だ、今はもう使ってないがね……」

 そう言うとアルデライトは部屋の真ん中辺りまで行きクリスの方に振り向いた。

 「クリス君、私は君を見込んでここに連れてきた……私と1試合してくれ」


 クリスは唐突すぎる申し出に頭が困惑していた。


 「クリス君……私は君にならエリアを任せてもいいと思っている」

 「え、それはどういう……」

 「夕飯前に軽く言っただろう……戦略を増やして効率の良い戦い方を、と」


 アルデライトは部屋の奥の扉を開き

 「まぁそれは私に勝ってから教えてやろう……さぁ、この中から好きな竹刀を選んでくれ」


 クリスは奥へ入り、竹刀を1本1本手に取り見比べた。


 1本1本重さや長さの違う竹刀、その中でクリスが取ったのは

 「俺は……これで大丈夫です」

 「……ほう、その1番重いやつでいいのか」


 クリスは頷き、部屋の真ん中辺りに向かった。


 クリスが手にしたのはアルデライトの言った通りいくつもある竹刀の中で1番重いやつで、長さは普通の竹刀と変わらないが重さは5倍近くある。

 

 そして、アルデライトも1本手に取りクリスから数メートル離れた位置に行き構える。


 「ルールは……相手の手から竹刀を弾き飛ばした方の勝ちだ、いいね?」

 「はい……」

 と、クリスも、さすがに重かったのか両手で持ち自分の正面に構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る