アドベントカレンダーの扉を開いて

旦開野

クリスマスショップでの出来事

今年も後2ヶ月。世間は年末に向けて忙しなくなる。私の職場も同じだ。残業が増え、帰る時間もいつもより遅くなることが増えていた。今の会社に入って初めての年末。忙しさはある程度覚悟はしていたけど、まさかここまでとは…想像以上だった。


週末の帰り道。すでに酔いが回っているおじさんたちとすれ違う。あたりには浮かれた空気が漂っていた。私も明日は休日だけど、もう疲れ切っていて、飲みに行こうなどと言う気力はなかった。


駅まで着き、私は安心しきってしまったのか、座席を見つけて腰掛けるとそのまま眠りについてしまった。次に気がついたとき、私は知らない駅にいた。電車を乗り過ごしてしまったらしい。普段使っている駅ではないが、知っている名前だった。一駅乗り過ごしただけのようで安心した。一駅だったらここで降りても、うちへと帰れるだろう。電車を待つのも面倒だなと思い、私は一度改札を出た。手提げ鞄からスマホを取り出し、自宅までの道のりを確認する。家までは徒歩10分。いつも使っている駅とそんなに距離は変わらないようだ。私はとぼとぼと歩き出した。


近所のはずなのに、歩いている間の景色はとても新鮮だった。思っていたよりも飲食店が立ち並ぶ。家も近いし今度ここなら1人で飲んでみてもいいかも、そんなことを考えながら歩いていると一軒のお店が目を惹いた。どうやら雑貨屋さんらしい。可愛らしい雪だるまやサンタクロースの人形が店頭に並ぶ。お店自体もイルミネーションがついていてキラキラしていた。これは……クリスマス?でもクリスマスはまだ1ヶ月以上先だ。クリスマスに向けた限定ショップだろうか。疲れていることなんてすっかり忘れて、私はオープンの看板がかかっている扉を開いた。


中にはサンタや天使の形をしたオーナメント、スノードーム、クリスマスツリーやリースなど、たくさんの雑貨が置いてあった。共通するのはどれもクリスマスに関係するということ。お店の中の柔らかな光と相まってとても暖かくて、穏やかな空間だった。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


声をかけてきたのは背の高い男の人だった。エプロンをかけているからお店の人だろうか?短く揃えられている髪は深い茶色をしていて、とてもさらさらしているように見えた。私と同じくらい…もしくは少し年上か。彼は声も表情もとても穏やかだった。


「あ……いえ、たまたまここを見つけて。お店に並んでいるものがとても可愛かったので、見てみたいなと思いまして……」


急な接客に戸惑ってしまい、言葉が詰まってしまった。お店なのだから接客をされてもおかしくはないのに。


「ありがとうございます。ぜひゆっくり見ていってくださいね。」


彼は優しく微笑んだ。言葉に詰まってしまったのは、もしかしたら彼のせいなのかもしれない。


「ここに置いてあるのって、全部クリスマスに関するものばかりなんですよね?」


「そうです。うちはクリスマスショップと言って、クリスマスのグッズを専門に扱うお店なんですよ。」


海外ではクリスマスシーズンのみにかかわらず、1年中クリスマス関連のグッズ、雑貨を置いている“クリスマスショップ“と言うものがあるそうだ。ここのお店の店長である彼は、ロンドンに旅行に行った際に、クリスマスショップを知り、自分でもやりたいと店を開いたそうだ。


「期間限定のお店とかじゃないんですよ。ここは1年中クリスマスなんです。」


彼は嬉しそうに私に教えてくれた。彼はよっぽどクリスマスが好きなようだ。


「ただし12月25日を除いては、ですが。」


彼は続けた。私はその言葉に疑問を覚えた。クリスマスショップなのにクリスマスはお店を開けないなんて。


「僕が訪れたクリスマスショップもそうだったんです。理由まではわかりませんでしたが。それに習ってうちもクリスマス当日はお休みなんです。」


不思議そうな顔をしていた私に彼は答えてくれた。そして


「ここでは海外から取り寄せたクリスマスグッズなんかも置いてあったりします。もし何か気になるものがあったらお申し付けください。」


と言った。


「あ、じゃあ、これって何ですか?」


私は早速、ツリーの形をした積み木のようなものを指差した。割と大きめなそのツリーにはたくさんの取っ手がついている。


「これはアドベントカレンダーというものです。最近日本でも流行り出してるんですよ。クリスマスまでの日数を数えるためのカレンダーで。12月1日から1日ずつこの引き出しを開けられるんです。中には小さなお菓子が入っています。25日のクリスマス当日にはちょっと特別なプレゼントが入っていたりもするんですよ。」


彼の説明する声は落ち着いていたが、瞳はとてもキラキラしていた。


アドベントカレンダー。私は初めて聞いた。こんなに素敵なクリスマスグッズがあるなんて。


「そしたら、これください。」


彼の説明を聞く前から私はこれを買うと決めていた。クリスマスを待ち遠しいと感じたのなんて一体いつぶりだろうか。小さい頃は家族みんなでケーキを食べたり、サンタさんがプレゼントをくれたりととワクワクしたものだけれど、大学生になって一人暮らしを始めてからは友達と一緒にパーティーとかはしたものの、それでも胸を高ならせてクリスマスを待つ、と言う気持ちはどこかに忘れてきてしまっていた。このアドベントカレンダーがあれば、その気持ちのかけらを取り戻せるのではないか、と何となく思ったのだ。


「ありがとうございます。せっかくなのでこちらお包みしますね。」


「いいですよ、そんな。」


別に人にプレゼントするわけでもないので、私は断った。しかし、


「うちの店のサービスなんです。購入されるのはお客様ですが、私からのほんの気持ちです。よかったら受け取ってください。」


そう言うと彼はアドベントカレンダーを持ってレジの方へ向かった。少しでもワクワクを提供しようという彼の気遣いだろうか。私はしばらく、他のグッズを見てカレンダーを待った。


その日から私はうちへ帰るたびに、彼の包んでくれた箱をウキウキしながら眺めた。この箱は12月1日まで開けないと決めている。本当にこんなにワクワクしながらクリスマスを、12月を待つのなんて何年ぶりだろうか。ただ一つ困ったことが、この箱を見るたびに彼の笑顔まで思い出す。あんな優しい笑顔を人に向けられたのなんていつぶりだろうか。仕事中もどうしてか、彼のことが頭から離れなかった。また彼に会いたい。でもどんな理由で会いに行くべきか……普通にお客さんとして顔を出せばいいはずなのに、それはちょっと迷惑なのではないだろうか……と私は変な気遣いを働かせていた。


12月1日。今日はアドベントカレンダーを開けるためにまっすぐ家へ帰るつもりだったが、私はわざと一駅乗り過ごした。クリスマスショップに向かうためだ。私は昨日、いい口実を思いついたのだ。週の半分。前と同じくらいの時間に店の前に着いたが、寒さが圧倒的に違っていた。そんな中でもあのお店は周りに暖かい光を放っていた。


「いらっしゃいませ…あ、この間の。」


私は彼に恥ずかしながらお辞儀をした。覚えていてくれただけて私は嬉しかった。


「アドベントカレンダー、気に入っていただけましたか?」

「実は今日開けるんです。クリスマスはもちろん、この日をより楽しみにしたくって。」

「そうでしたか。今日はまた何かお探しですか?」


彼にそう聞かれて、私は気持ちが強張った。実はあなたに会いにきたんです、なんて言ってしまいそうだったが、さすがにそれはやめておいた。


「アドベントカレンダーはうちにあるんですけど…それとは別でクリスマスイブまでの間、1日1つ、ここで何か買って行こうかな、って思って。その、あの……ここのお店がとっても素敵だから。」


さっきはいい口実を思いついたなんて言ったけど、よくよく考えてみるとこれが店に行くのさえためらっていた女の思いついたアイディアなのかと自分でもびっくりする。アドベントカレンダーにかこつけてこの店に毎日来ようというのだから。


「それはいいですね。うちをアドベントカレンダーがわりに使ったお客様は初めてです。もちろん大歓迎ですよ。」


彼は相変わらず優しい笑顔で答えてくれた。お店としては1個でも商品が多く売れてくれるのは嬉しいことだろう。彼はきっとそういう気持ちもあって、笑顔で答えてくれているのだと、勘違いしないためにも自分に言い聞かせた。


それから私は仕事が終わると自宅の最寄り駅を通り過ぎて、クリスマスショップに通った。平日の遅い時間の客は私くらいなものだったけど、休日はクリスマスが近づいているせいもあって、お店はどの時間に行っても賑わっていた。彼……しゅんさんは休日の忙しい時でもレジの際には必ず一言声をかけてくれた。たくさんいる中でも毎日ここへきている私を気にかけてくれていると思うと、何だか少し特別な気持ちになった。


私は毎晩お家でツリーのオブジェから出てくるチョコレートをつまむ。日に日に増えていくクリスマスグッズ。スノードームに靴下型の袋に入ったお菓子、玄関にはクリスマスリースが飾られている。もちろんどれもクリスマスショップで買ったものだ。こんなにクリスマスグッズに囲まれるのは生まれて初めてだろう。今年の冬、私の部屋の中がこんなにもクリスマスカラーになるなんて自分でも思わなかった。

何をしているんだろうな、と思いつつ、賑やかになっていく部屋に心が躍る。クリスマスグッズにこんな効果があるなんて知らなかった。


スノードームの中に降り注ぐ雪を眺めながらもしゅんさんのことを思い浮かべる。当日25日はどうしようか。25日はお店はお休みだ。しゅんさんはクリスマスを誰と、どうやって過ごすのだろうか。気になりながらも、ずっと聞くことができなかった。



12月25日。この日は金曜日だった。祝日とカウントされない日本において、クリスマスという理由では仕事は休みにならない。どこの会社も仕事納めである。相変わらずの残業を終わらせ、そのまま職場の忘年会に参加した。ここはいつもどおりの年末だななんて思いながら居酒屋での時間をぼーっと過ごした。寒いし、家族を持っている上司たちは早めに帰りたいということになり、1次会だけやって早々に解散した。こういうところがうちの会社のいいところだなと思う。


私は電車に揺られて家へと向かった。23時。疲れのせいもあり、ぼーっとしていたせいで1駅過ぎてしまった。結局昨日までにしゅんさんにクリスマスは何をして過ごすのかなんてことは聞けなかった。日常とかしたクリスマスショップへの道。今日しゅんさんはいないとわかっていながらも足がそちらを向いてしまう。クリスマスショップはもちろん、あたりも真っ暗だった。


お店の前で立ち止まる。クリスマスショップが冷たい暗闇に飲み込まれているのは初めて見た。当たり前だけどいつもと違う雰囲気のお店に違和感を感じた。


「まどかさん!」


クリスマスショップの向かいから、声をかけられた。暗がりから出てきたのはしゅんさんだった。いつものエプロンとは違って紺色のコートを着ている。チェック柄のマフラーに顔を埋めていた。


「え?しゅんさん?どうして?」


いるはずのないしゅんさんがいて、私はびっくりした。


「お家もお店から近いって言ってたし、もしかしたらまどかさんに会えるんじゃないかって思って。」


「こんな寒い中…どうして…」


寒空の下、しゅんさんは一体どれくらい待っていてくれたのだろう。


「クリスマスショップでアドベントカレンダーしてくれたまどかさんにクリスマスプレゼントを渡したくて。きてくれる確信があったわけではないんですけどね。」


そう言う彼のマフラーはモゾモゾと動いていた。マフラーの下からでも笑っているのがわかる。


彼はポケットの中から小さな四角い箱を取り出した。


「25日は特別なものが入っているって言ったでしょう。これ、毎日お店に来てくれたまどかさんに、僕からのクリスマスプレゼントです。」


私はその箱を受け取った。開けてみても?と私が目で聞くと、彼はコクっとうなずいた。開けるとそこにはピアスがあった。星とツリーの形をしたシルバーのピアス。


「可愛い……ありがとうございます。」


しゅんさんにお礼を言った。まさかこんなプレゼントをもらうなんて思わなかった。


「あ、あの…」


しゅんさんは重たい口を開いた。珍しく緊張しているのが私にもわかる。


「よかったら、今後もまどかさんに会いたいなって……その、お店以外で……」


え。私は少し混乱した。ただでさえドキドキしている心臓の心拍数がますます上がる。


「よかったら……僕とお付き合いして欲しいんです。お店に来た時から一目惚れで……毎日お話しするのも楽しくて。」


息ができなくなるかと思った。恋心を抱いていたのは私だけだとばかり思っていたので驚きとちょっとむず痒さと、何だか不思議な気分だった。


「…ぜひ。私もしゅんさんの話、もっともっといっぱい聞きたいです。」


私は嬉しさを噛みしめながら、おそらく今年1番の笑顔で答えた。

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アドベントカレンダーの扉を開いて 旦開野 @asaakeno73

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