第705話 教頭の行いですが何か?

 リューとリーン、スードは、馬車に乗るとコブトール教頭の馬車を追うことにした。


 当然ながらランドマーク製の非売品の速度重視モデルであるリューの馬車は、どの馬車よりも速かったからあっという間に教頭の馬車に追いつく。


「それでどうするの、リュー。このままコブトール教頭を泳がせて、資料がどこに行くかを確認するの? それとも、あの馬車を今すぐ止めて取り返す?」


 リーンが馬車の扉に手をかけると、すぐにでも飛び出す準備をする。


「リーン様、その答えは一つでは? やはり、ここは取引相手を待ってからでいいと思います。コブトール教頭に盗ませた相手を知る絶好の機会ですし」


 護衛役のスードが当然の反応を見せた。


 リューももちろん、その答えに賛成であったが、何か引っかかるものを感じていた。


 というのも、一旦外部に持ち出したとして、それをそのまま取引相手に渡すと、手元に資料は何も残らない。


 それでは、持ち出したことが発覚して犯人はすぐに放課後校舎に遅くまで残っていた人間、コブトール教頭に絞られることになるからだ。


 リューは何か腑に落ちないものを感じていた。


「……何か見落としていることがあるような……」


 リューは御者との間にある小窓を開けて、前を走るコブトール教頭が乗っている馬車を見つめる。


 コブトール教頭の馬車は、王都の大通りを一定の速度でずっと走っていた。


 尾行を警戒しているのか、目的もなく走っているようにも見えたので、ますますリューは、疑問を感じずにはいられない。


「……あの馬車の上に立っている鉄の棒は何だろう……? (前世で言うところのアンテナみたいな棒だけど……)他にも似たような馬車が数台走っているなぁ……。あれ、ランドマーク製うちの製品じゃないよね……。──って、まさか!? 痛っ!」


 リューは思わず馬車内で立ち上がってしまい、天井に頭をぶつけてしまった。


「どうしたの、リュー? 馬車内で立ち上がったら、ぶつけるに決まってるじゃない、頭大丈夫?」


 リーンが、頭を摩るリューの行動に、不審な顔で心配する。


「今すぐ、あの馬車を止めるよ!」


「なぜですか? 泳がせて現場を抑えた方が──」


「すでに、ここが取引の現場になっているかもしれないんだ! ──リーン!」


 スードもリューの言動に、首を傾げて反論したが、それを遮るようにリューが確信めいた言葉を言って、リーンに改めて命令する。


 リーンはリューの慌てように、緊急事態であることを察したのか、馬車から飛び出すと、前を走っていたコブトール教頭の馬車の屋根に飛び乗った。


 そして、その御者の頭上に移動するとその首にリーンの得物である『風鳴異太刀かざなりのいたち』を突き付け、馬車を脇に止めさせるのであった。



「これは何事かね!?」


 馬車に乗っていたコブトール教頭が、馬車から飛び出すと、馬車を止めたリーンを睨みつけてこの狼藉に対して激怒する。


 そこへ、背後から付いていたリューが馬車から降りてきて、コブトール教頭を馬車から引き剥がして、馬車の扉を開く。


「こ、こら! 勝手に馬車内を覗くな!」


 とコブトール教頭は、慌ててリューを馬車から引き離そうとするが、それはリーンが間に入って阻む。


「……車内のこの大きな魔導具は何ですか、教頭先生? そして、これらの資料は校外持ち出し厳禁である生徒の個人情報ですよね?」


 リューは、やられたという表情で、コブトール教頭に問うた。


「そ、それは、私も知らんな。元々その馬車は知人から借りているもので、最初から魔導具は備え付けてあったからな。それに、資料は、私が気分転換に馬車内で目を通していただけですぐに戻すつもりだった。それに校外持ち出し厳禁の物を持ちだした責任はあるが、悪用はしていないから、罪は軽微のはずだぞ?」


 コブトール教頭は、誰からか用意されたセリフを読むように答えると、開き直った。


「……ならば、僕がこの魔導具の使い方について説明しましょうか? この魔導具は、資料を読み取り、馬車の上に備え付けられている魔導棒で外部に情報を発信する為のものですよね? そして、受信専用の魔導具でその情報を受け取るという代物です。教頭先生が資料を持ちだしたのは、この魔導具の発信距離がとても短いから。だから、馬車から受信可能な並走する馬車へ情報を送る。そして、それが済んだら、当人は何食わぬ顔で学校に戻り、資料をもとの場所に戻すつもりだったのでしょう?」


 リューは、馬車内に積んであった魔導具の形状からそこまで予想して、答えた。


 確かに、魔導具には、資料の一部が、板のようなものに挟まれている。


 それは、コピー機のような形状でもあり、それで読み取ると、情報を魔力に変換して外部に送っていたことがリューには想像できた。


 だが、それも前世で同じようなものを見たことがあるリューであればこそである。


 構造からその予想をできたが、これを他の者が見ても、そんなことは想像できないだろうし、コブトール教頭が王都内を一周して、そのまま学園に戻ってきただけにしか映らないから、厳重注意だけで持ち出し行為は不問にしそうな展開であった。


 コブトール教頭もそれが狙いだったのだろう。


 リューの言葉に、目を見開いたが、それを認める様子はなく、


「おかしなことを……。──私は、気分転換に馬車内で資料を読んで頭に入れていただけだ。私の勉強熱心さのせいで学園の規則を破ることになったが、反省している。だが、それも生徒に追及されることではないな」


 とこれも、誰かに教えられたのであろう言い訳をした。


「確かに、他の誰かなら、その言い訳が通じたのでしょうが……。受信専用の馬車についても、今、スード君にうちの馬車で追いかけさせています。証拠はもうすぐ手に入りますよ」


 リューがそう告げると、そこへ、屋根に魔導棒を付けた馬車の御者台に乗ったスードが帰ってきた。


 馬車内には、スードに倒されたのであろう御者と関係者が縛られている。


「これで、僕の推理が正しいことが証明されると思います」


 リューがそう告げると、ここで初めてコブトール教頭は、観念したのかその場に膝をつくと、


「くそっ! こんなはずでは……!」


 と吐き捨てるのであった。

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