第706話 事件の全容ですが何か?
生徒の個人情報外部流出事件は、すぐに王家の耳にも入り、その日のうちに近衛騎士団が動くことになった。
リューの推理通り、コブトール教頭が乗っていた馬車に積まれていた魔導具は、魔力電波と呼ばれるものを発するものであり、リューの命令で護衛役のスードが捕まえてきた馬車の魔導具がそれを受信するものであった。
そして、想像通り、その魔力波は発信距離が半径十メートル程しかない為、馬車を並走させることで確実に受信することが出来る代物となっていた。
コブトール教頭と情報を受信していたと思われる犯人二人は、その日のうちに近衛騎士団に引き渡される。
だが、問題はここからであった。
まず、受信機である魔導具を積んでいた馬車を走らせていた御者と乗り込んでいた男は、すぐ無罪放免になったのだ。
これは、リューも恐れていた事態であった。
というのも、コブトール教頭の馬車近くを走っていたアンテナのような棒を屋根に付けた馬車は数台走っていたからである。
リューはそれを確認していたから、捕らえた馬車に乗っていた男がデータを消去していたら、罪に問えないだろうと予想しており、他の馬車がデータを持ち帰った可能性があった。
まあ、こんな珍しい受信装置を乗せた馬車に乗り合わせていただけで十分、男は黒だといいたいのだが、受信した記録が消されて「ゼロ」である以上、その者の罪を問いようがない、というのが近衛騎士団の見解である。
これには、リューも同意するところであったので、無罪放免になるのは仕方がないところだろうと思えた。
当然ながら、その男二人の雇い主についてだが、二人は頑なに口を割ろうとせず、自白をさせるにも、何の罪で問うかということを考えると、罪と言えるものがないもの相手に、強硬な手段も取りにくかったのである。
そういうわけで、男二人はすぐに釈放されてしまった。
もちろん、その二人については、リューが部下を使って尾行させているから、雇い主くらいはわかるはずだが……。
話を戻し、今度は、コブトール教頭である。
こちらは、明確に、生徒の個人情報を外部に持ち出した罪に問われた。
教頭自身は、仕事の延長線上で行ったことであり、他意はないと主張する。
だが、魔導具の発信機で不特定の受信機のある馬車に対してデータを発信したという事実について罪を問われることになったので、近衛騎士団もコブトール教頭が黒と判断して、魔法を使用した自白を試みた。
コブトール教頭は、それにより、罪を自白。
その内容は、大したものではなかった。
というのも、チューリッツ学園長の心変わりによって、自分の立場が悪くなったことを恨んでの犯行であったこと、そして、生徒の個人情報を求めてきたのは、王立学園の優秀な生徒を雇用したいというどこかの商会であり、学園長への嫌がらせが出来るなら、お金にもなるし情報を売ってしまおうと考えてのことだったようだ。
あまりに、短絡的な内容で、近衛騎士団も呆れるのであったが、情報を売った商会というのが、あまり聞かない名で、大きさも小規模、そして、最近できたばかりという明らかにダミーに近い商会であった。
その商会の取引相手の一つに、エラインダー公爵の御用達商会グローハラ商会系の末端商会があったが、それも一度だけの小さい取引ということで責任追及はできそうにない。
しかし、そんな小さな商会が、最新の魔導具を使用して手の込んだ情報を収集しようとしたことは不自然だから、近衛騎士団も調査を続けるということである。
だが、何も出てこないだろう。
明らかにトカゲの尻尾切りができそうな商会だからである。
ただし、魔導具の入手経路については、リューのところでも調べるつもりでいた。
魔力波の発信距離は短いが、最先端技術であることに間違いはないからだ。
これを作れるのは、ぶっ飛んだ頭脳の持ち主マッドサインを部下に抱えるミナトミュラー商会か、エラインダー公爵が代表を務める軍研究所辺りだろう。
もちろん、ミナトミュラー商会ではないから、軍研究所ということになる。
その辺りのことは近衛騎士団の調査部が、追及することになると思うが、どこまで迫れるのか怪しいことは言うまでもないだろう。
「あんなものを作っているとはなぁ……」
リューは少しショックを受けていた。
あの発想は、なかなか出てこないことだと思っていたし、前世の知識がある自分の中でその考えはあっても、当分は形にするつもりもなかったからだ。
あまりに進み過ぎた技術は、文化を壊すと思っていたし、リュー自身がそれ程の知識は、持ち合わせていないからでもある。
案として、部下のマッドサインに伝えることはあるが、それでも、この辺りのものは形にしてもらうつもりはなかった。
「魔力を情報化して、空に飛ばし、それを他の者が受け取るというのは、エルフの一部では使っている能力よ?」
リューの驚きに対して、リーンが驚きの事実を伝えた。
「そうなの!?」
リューはその事実に驚いて聞き返す。
「ええ。『念話』というものになるのだけど、お互いがその能力を持っていないとできないし、距離もあまり遠いと、『虫の知らせ』程度の勘に近いものしか伝わらないから利用されることはあんまりないわよ。双子のエルフなんかは、よく使うらしいけどね?」
リーンはそう言うと、首を竦めてみせた。
「……なるほど、こちらでは必ずしもあり得ない考えでもないということか……。でもそれを形にした技術は侮れないね……。今回の個人情報漏洩事件は、闇が深いかもしれない」
リューは、そう考えると、エラインダー公爵絡みと思われるこの事件について、もう少し調べさせることにするのであった。
そして、数日後。
コブトール教頭の処分が下された。
それは、王立学園教頭職からの解雇である。
当然と言えば当然であるが、処分はそれだけであった。
情報漏洩の具体的な証拠もなく、魔導具を使って発信したという理由だけであったから、この処分内容も致し方ないところである。
しかし、教職員には戻れない永久追放であったし、貴族の地位も宮廷貴族としてのものだったので、その地位は剥奪された。
つまり、ただの平民に落とされたのである。
これには、コブトールも、慈悲を求めてチューリッツ学園長にすがったが、学園長はコブトールの学園を裏切る行為を許すわけにもいかなかったから、その願いは拒否したそうだ。
ただし、コブトールの今後の仕事については、過去の人脈を使って斡旋してあげたらしい。
それは、学園長がコブトールを教頭職に誘って任命した経緯があるから、その責任を感じてのことであったようである。
こうして、コブトール教頭による情報漏洩事件は幕を閉じるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます