第703話 学園でのひと時ですが何か?
王立学園は、行事も滞りなく終えているので、期末テストまでは丁度緩やかな時間が流れる時期であった。
王都の治安悪化も表では警備隊、王国騎士団が、裏では『竜星組』『月下狼』『黒炎の羊』が中心になって動いていたことで、落ち着きを取り戻しつつある。
王都周辺の地方貴族領も、王家が叱咤したことで引き締まった様子だ。
それに、『屍黒』の取り締まりによって貴族達も不正や汚職の証拠を掴まれた者もいたから、処罰を恐れて静かになっていた。
「これなら、天ぷら屋開店の時期を早めていいかもしれないね」
リューは、授業のお昼休み時間、治安の回復でお客の流れが元に戻りつつある王都の様子を考えて、リーンにそう漏らした。
「でも、結局、天ぷら屋は、どちらの商会管理にするの? 高級志向のお店は本家であるランドマーク商会、庶民志向のお店はミナトミュラー商会と分けていたわよね」
リーンが鋭い指摘をする。
リーンの言う通り、これまで、イメージ戦略として、本家は貴族から中流階級に好まれるお店や仕事を中心に運営し、与力であるミナトミュラー家、シーパラダイン家は、それ以外のものを経営することで棲み分けしていたのだ。
今回、天ぷら屋は個室のある高級感溢れるスタイルであったから、ミナトミュラー商会のイメージではない。
もちろん、酒造商会のこともあり、リューは男爵の中でも格の違いを見せる貴族となっているが、それでも本家との区別をこれまでしっかりやってきている。
それだけに、天ぷら屋というお店は、ミナトミュラー商会の中でも異様な存在になりそうだ。
「お父さんにも名義はランドマーク家にして、運営はミナトミュラーでやる形を提案したんだけど、僕に任せるって言ったきりだからなぁ。本当は承諾してもらったら、喜んでもらえそうな提案をする予定だったし、改めて確認して、開店に向けた作業に移ろうか?」
リューは、リーンの指摘に最終判断は寄り親であり実の親であるファーザに確認することにしたのであった。
その二人のやり取りを、ランスは聞き逃さない。
「なんだよ、テンプラヤって? また、新たな食べ物のお店を開くのか?」
「うん。ノーエランド王国やファイ島の海で獲れた海産物を調理するお店を出そうかなと思ってね。今、最終段階まで話を進めているところなんだ」
ランスに対して素直にリューが答えていると、それを聞きつけて、王女リズがやってきた。
「リュー君、今、ファイ島の海産物って言ってなかったかしら? もしかして天ぷら屋の話?」
王女リズは、笑顔だが目が真剣そのもので、迫ってくると質問する。
「う、うん。天ぷら屋の開店が最終段階に近づいているんだよ……」
リューは、ちょっとタジタジになりながら、リズに答えた。
「……何の話? また、リュー君がみんなに内緒で何かやろうとしているの?」
そこへ、ラソーエ侯爵令嬢であるシズとその幼馴染であるナジン・マーモルン伯爵子息も合流する。
「リューの新店舗の話だよ」
リューの部下であるイバル・コートナイン男爵子息が、リューに代わってシズとナジに答えた。
傍では、その会話に入りたそうにラーシュが近付いてくる。
リューの護衛役であるスードは、黙って後ろで澄ましているし、いつもの隅っこグループ一同が集まった状態だ。
いや、一人だけ混じっていない人物がいた。
それは、イエラ・フォレスだ。
黄龍フォレスの分身体として、王立学園に編入してきたイエラ・フォレスは、その『認識阻害』能力で普段から目立たない生徒となっているが、学年での成績はリューとリーン達を越えて一番であったので、今さら感はある。
しかし、それでもその『認識阻害』能力は強力だから、未だに目立たない生徒として教室に当然のようにいた。
そのイエラ・フォレスが、リュー絡みでそれも悠久の時を生きてなお聞いたことがない単語に、興味を持ったのか、こちらをじっと見ている。
最初、能力のこともあって、リューもその視線に気づかなかったのだが、他の者よりはイエラ・フォレスの強力な『認識阻害』系能力に耐性が付き始めていたので何とかそれに気づいた。
「い、イエラさんもこっちに来なよ。天ぷらについて解説するから。ファイ島の海産物を使った料理と聞いたら、興味があるんじゃない?」
リューはイエラ・フォレスのギャル風の姿で凝視されていることに圧を感じたので、誘うことにした。
「我か? ──確かに興味のある話だが……、仕方ないのう」
イエラ・フォレスは、いかにも偶然誘われたかのような反応をすると、みんなの話の輪に入る。
そこで、リューとリーンが天ぷらの作り方からその美味しさを語ると、すでに王宮の食事会で食していた王女リズもその美味しさに太鼓判を押す。
海産物の美味しさについては、ランス達もリューからのおもてなしで、一度食べて知っていたのだが、天ぷらについては知らず、リーンと王女リズが珍しくも熱く語るものだから、改めて興味を惹かれた。
「そんなに美味しい料理のお店なら、みんなで食べに行きたいよな? あ、でも、その前にラーメン屋の新メニューも食べたいんだよ、俺」
ランスは、みんなを代表して興味を示したが、ランスの好物になっているらしいラーメンの新メニューとんこつと醤油味ラーメンが気になるようだ。
「むむっ? またも聞かない名の料理だな? 我にお供え物として奢ってもいいのだぞ?」
イエラ・フォレスは、リューの思考からラーメンが美味しそうに感じたのか、ランドマーク本家の守護神扱いであることを理由にそう告げた。
リューとリーン、イバル、スード以外のみんなは、
「「「お供え物?」」」
と首を傾げるのであったが……。
その反応に、リューが慌てて、
「もちろん、みんなも招待するから! ──イエラさんについては……、ごにょごにょ……(タダ券を用意させて頂きます)」
とイエラ・フォレスに耳打ちする。
「うむ。苦しゅうない。──新鮮な海産物で作る料理か、楽しみじゃ。かっかっかっ!」
イエラ・フォレスは、最近、リューに餌付けされ始めている節があったが、誰もそのことは指摘せず、素直に天ぷら屋への招待を楽しみにするのであった。
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