第702話 孤児院の運営ですが何か?
孤児院の買収は、想像よりもスムーズに行われることとなった。
王家にしてみると、孤児の問題は由々しき問題であるが、それを他の貴族が進んで引き受けてくれるというのは、ありがたいところではある。
もちろん、悪用されることも考えられるので、そういう申し出は、精査しなければならないところだが、その申し出をしてきたところが、『王家の騎士』の称号を与えたミナトミュラー家だから、文句はない。
それは、教会側も一緒である。
孤児院の管理は教会が援助を基に行っており、これは慈善事業になるから、当然赤字経営であった。
教会の存在は、女神ヘスティアを主神としている宗教『ヘスティア教』が、この国の洗礼の儀や成人の儀、葬儀など、祭事を受け持っている。
ヘスティア教会は、スキルの鑑定をする魔導具の製作や祝福を与える秘術を持っているが、それが悪用されないように、国に管理される公正な存在となっているから、利益を求める言動は取れないので、基本的には支援を必要としていた。
孤児院の管理運営は、教会の存在を国民に示す為の手段の一つであり、数少ない収入手段である援助金を求める理由の一つであったから、赤字でもその運営は長い間続いている。
だが、赤字であることに変わりはなく、数を減らしたくても、孤児が減らなければ、孤児院を減らすわけにもいかず、現在に至っていた。
それだけに、リューの申し出は教会にとって、援助金やお布施以上にありがたいものであったのである。
当然ながら王家同様、孤児院が悪用される恐れもあるので警戒し、その為の審査は必要なのだが、これも王家同様、ミナトミュラー家が『王家の騎士』の称号持ちであること、普段から教会への貢献度(お布施等)が高いこと、そして何より、世間での評判がよく、あらゆる分野における信頼が厚いことも挙げられた。
「……ヘスティア教クレストリア王国教区担当大司教として、王家の推薦もありますからここに孤児院のいくつかをミナトミュラー家に移譲することとします」
大司教は、王都にある大聖堂において、リューと握手を交わすと、王都とその周辺の孤児院を譲り渡す判断を下した。
「ありがとうございます」
リューは余計なことは一切言わず、移譲を示す契約書にサインをする。
これは当然ながら、孤児院のある土地建物の代金はリューが支払うという内容も織り込まれており、結構な額が教会にお布施という形で渡されることになった。
これには、内心、大司教も満面の笑みだろう。
赤字分野であった孤児院が、大金を生んだのだから。
それをどう使うかは、教会次第であるが、それはリューにとって関係ない。
こちらは、孤児院のこれからの運営や維持についてしっかり説明も行い、定期的な立ち入り調査にも合意しているのだ。
あとは、そこから巣立つ子供達が、どういう人生を選択するかは、彼ら次第。
それが、ミナトミュラー家傘下の商会や組織を選ぶ可能性が高くてもである。
こうして、王家と教会にとっては、赤字しか出ない孤児院の一部は、ミナトミュラー男爵家の管理下となり、毎年一定数の優秀な人材を自動的に補充できる育成機関となっていく。
孤児院は、すぐに、建て替えが行われ始めた。
やはり、赤字部門ということで、どこの孤児院もガタがきている建物が多かったからだ。
リューは、礼拝堂があった場所を学校に作り替え、一階は運動場、二階は教室と職員室。三階は、宿舎とした。
そして、孤児達の家は立派なものに作り替える。
建設業はミナトミュラー商会の花形部門の一つだから、この辺りはあまりお金をかけず、短期間で建て替えることが出来た。
子供達は、素直に自分達の部屋が綺麗になったことを喜んでいたし、これまで世話をしていた修道僧、修道女の一部は、教会を辞めて、リューの下で働くことを選ぶ者もいた。
なぜなら、彼らも、もとは孤児である者が多かったからだ。
自分達が孤児だった時にお世話になったことを考えると、放っておけない者が教会に入り、孤児院で働くことを選択していたので、教会よりも子供達と一緒に居ることを選んだのである。
これは、リューとしても助かることであった。
人手はいるに越したことはないし、環境が変わったばかりでは、子供達も不安になるだろう。
そこに、親代わりの修道僧、修道女であった者達がいてくれると、安心する。
当然ながら、リューはこの元修道僧、修道女にその月から給料を支払うことにした。
彼らは教会にいる時は、そのようなものを貰っていなかったから困惑したが、責任ある立場の者が、その対価を貰うのは当然のことと説明を受けると驚いた様子であった。
だが、教会を辞めた以上、自分達で責任を持って生きなくてはいけないことを自覚することになる。
「そうね……。私もう、教会の庇護の下にないのだったわ……。でも、お給金を貰うのなんて初めてで、どう使えばいいのかしら? 食事は、子供達と一緒にいつもタダで食べていたし、服も僧服……、そうか、この服も着替えないといけないのね……。服を買ってみようかしら? でも、何がいいのかしらね……」
とある元修道女は、成人してからは僧服以外着たことがなく、子供が孤児院から外に旅立つまで育てるのが義務だと思っていたから、生活の変化に困惑する。
しかし、リューの下で孤児院で改めて働くことになったことで、選択肢が自分の中に増えたことに、新鮮な驚きを感じるのであった。
そして、子供達もそういう点では同じである。
今までは、具の少ないスープと硬いパンを三食食べるのが毎日の小さな楽しみであり、それ以外は、仲間と目的もなく遊ぶか寝るだけの日々であったが、礼拝堂があったところに教室が出来たことで、勉強するという時間が増えたのだ。
読み書きや計算の勉強などは、親のいる子供達の特権だと思っていただけに、これには子供達も目を輝かせた。
自分の名前を書けるようになった時など、嬉しくて石板に繰り返し書いて仲間同士自慢し合う。
それに、普段の食事も変化が起きた。
具の多いスープと柔らかいパン、それに、パスタなど初めて食べる物も献立として出てくるようになったのだ。
子供達にとって、毎日に目標を持てる楽しいものになっていく。
そして、勉強を教えてくれる先生が言うのだ。
「リュー・ミナトミュラー男爵に感謝しなさい。あの方が、君達の将来に投資をすることで今があるのだから」と。
子供達は、今まで神様に祈っても、何一つ奇跡をもたらしてくれないのが当然だと思っていたのだが、リューという実在する人物が、自分達の未来を照らしてくれたことに、感謝する。
中には貴族や大人を信じない子供もいて、勉強することを拒否し、外に出ていく者もいたが、大半の子供達は、自分達の生活をより良いものにしてくれたことに恩を感じるのであった。
「私、いっぱい勉強して、若様の役に立てる大人になるわ!」
「僕も、若様の下でいっぱい働ける大人になる!」
「みんなで、若様の役に立てる立派な人物になろうぜ!」
底辺の生活から劇的な変化に感動した孤児院の子供達は、こうして、その生活を与えてくれたリューの為に、勉学に励むことになるのである。
「孤児院の子供達の反応はどう?」
リューは、孤児院の運営について任せている執事のマーセナルと平民の天才少年ノーマンに経過を聞く。
「ほとんどの子供達は喜んでいます。中には貴族の道楽だから長くは続かない、と捻くれた物言いをする子供もいますが、生活の改善自体には感謝しているようです」
ノーマンがそう言うと報告書を提出する。
「あれだけの意欲と感謝の心を持った子供達なら、将来、若様の為に尽くそうとする者は多いと思います」
執事のマーセナルも太鼓判を押す。
「そっか。元は人員不足を補う理由から計画したけど、子供達の未来が明るいものになるのなら、今後も増やしていきたいところだね。二人共ご苦労様! 運営管理は今後、部下に任せることになると思うけど、これからも気を配ってくれるとありがたいかな」
リューは、報告書に目を通し、顔を上げると、二人に感謝する。
「「もちろんです」」
マーセナルとノーマンは、一緒に声を揃えて返答すると、少し満足げに執務室を出ていくのであった。
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