第701話 人材育成ですが何か?
王都の治安も落ち着き、久しぶりにリューの仕事にも余裕が生まれてきた。
そのタイミングを計っていたのか、ノーエランド王国出身でエマ王女の護衛役から部下になった平民出の天才少年ノーマンが、リューに珍しく面会を求めてきた。
普段は、エマ王女の護衛を担当したり、その他の時間は、ルチーナの下で仕事を学んでいる最中であったから、リューとの接点もほとんどない状態だ。
それに、普段から無口で余計なことを話さないし、妹のココを大事にしている寡黙なお兄ちゃんというイメージしかない。
だから、休日にリューへの面会を求めるというのは初めてのことであったので、リューとリーンは軽く驚いて目を合わせるのであった。
「やあ、ノーマン君、仕事の方はどうだい? エマ王女の護衛の方もしっかりやってくれているから、責任者のテレーゼ女男爵さんからも高評価を貰っているのは知っているけど、総務隊の方で不満はない?」
リューはノーマンが話しやすいように、話を振る。
「ルチーナさんには良くしてもらっているので、仕事に不満はありません。抗争での敵地襲撃についても、幸い上手くいきましたし……」
ノーマンはリューの質問に答えてみせた。
そして、続ける。
「今日は、ミナトミュラー家の今後の礎になるかもしれない提案をしに来ました」
「「礎?」」
リューとリーンがノーマンの言葉に、意味が分からず首を傾げる。
「はい。ミナトミュラー家は慢性的な人手不足ということで、未来の人員の育成を計画的に行うのはいかがでしょうか、という提案です」
ノーマンは、淡々とだが、雇い主であるミナトミュラー家の将来を見据えた案を口にした。
「それは、必要なことだね。うちは、ノーマン君の言う通り、慢性的な人手不足。本家であるランドマーク家も同じで、今は引き抜きやスカウト、おじいちゃんのところで更生……育成することが中心になっているけど、他の意見があるってことかな?」
リューは興味を持つと、ノーマンに具体的な内容を促した。
「はい。僕と妹のココは孤児院の出身です。幸い僕は、ノーエランド王国で勉強を頑張ることで、なんとかあそこから抜け出せました。妹も若様のお陰でこちらで伸び伸びと働きながら、勉強させてもらっています。でも、ほとんどの子供達は、孤児院で勉強の機会もなく、食うに困るのも当たり前の日々。孤児院によっては、子供の一部を人身売買するところまであるようです。そこでですが、若様の名で、孤児院のいくつかを買い取り、一から教育を施すことでミナトミュラー家に忠誠を誓う人員を育てるのはどうでしょうか? 才能のある子は幹部候補として育て、そうでない子供も、将来の労働力として教育すれば、飢える子供も減らせるだけでなく、ミナトミュラー家の大きな利益になると思います」
ノーマンは徐々に熱を帯びて、この提案を説明する。
「……孤児院の支援と人材の育成、将来の部下と働き手の確保か……。確かに、一から教育することで、子供の頃から純粋培養した部下を育てることが出来れば、自ずと忠誠心が最初から高い者も増えることになりそうだね……」
リューはノーマンの案に納得する部分が多いので、考え込む。
だが、孤児院の運営は基本、お金がかかる。
これは、孤児である子供達を飢えさせない為のものだから、出費だけが嵩み、利益は全く出ないからだ。
しかし、将来の部下の発掘や労働力の確保を考えての投資と考えれば、利益が生まれる可能性はいくらでもある。
彼らが生きていく為に援助し、その対価としてミナトミュラー家や本家に忠誠を誓って働いてもらう。
もちろん、それが嫌なら、別の選択をしてもらえばいいだけの話である。
こちらも、慈善事業をするつもりはない。
リューにとって、無償での提供というのはお互いの為にならないと思っているからだ。
無償だと相手が慣れてそれが当たり前になる者は多いし、提供する側は疲弊するだけ、これでは健全な関係とは言えない。
それに、支援を必要とする運営団体は、リューにとって、健全な組織ではないと思っていた。
事業を行うのなら、利益を出せる環境を作ることが、責任者の務めだと考えているからだ。
それができていないのは、現実から乖離している夢物語であると、前世での苦労や、こちらでの貧乏暮らしの時の経験からも思っていたから、その考えに揺るぎはない。
ノーマンは、自らも孤児院出身だからこその提案だと思うが、そこに甘えがないのもいいし、人材不足が続くミナトミュラー家とランドマーク本家の将来を見越してもいるからとてもいい案だと思えた。
「……孤児院については、教会や国の支援で成り立っている慈善事業だけど、うちがミナトミュラー家の名前で孤児院の買取交渉をしてみよう。教会辺りは目的がわからなければ渋られるだろうけど、負担を強いられている部門のはずだから、強くは出てこないはず。それに、普段から寄付も多少していたからね。うちの印象は悪くないはずだよ」
リューはノーマンの意見を採用することを決めると、執事のマーセナルを呼んで意見を求めた。
ミナトミュラー家の事業については、執事マーセナルの意見が最も大事だからだ。
「……ほう。──若様、数年は赤字事業になりますが、確実にこのミナトミュラー家の為になるかと思います。王家や民衆に対しての印象も良くなりますし、人材を自前で好きなように育てることは、商会や裏の分野においても利益が大きいかと。ですから、私は全面的に賛成です。──ただし、子供の意思を尊重する為に、こちらの教育や援助を望む者、望まない者に分ける必要があると思います。事業である以上、その区別をしっかりとして、望む方が自らの利益になることを理解させる必要はあるかもしれません」
マーセナルはミナトミュラー家の執事として、感情を入れることなく割り切った意見をした。
分別のつかない子供にその判断を迫るのは、酷だという者もいるだろうが、望まない者に、投資をする理由はない。
生きる意志があれば、その機会を掴むのが普通だと思うし、その意思がなければ、その意思を尊重して、今までの生き方をさせるしかない。
望んで努力する者には与え、望まず努力しない者には与えない。もちろん、最低限の食事や生活はこれまでの孤児院の通り過ごさせることになるが、それも対価を支払わせる必要はある。
それはお手伝いであったり、内職であったりだ。
生きる意志がなければ、すぐ、野垂れ死ぬし、生きる意志があっても、能力がないと生きるのは難しいくらいに、この世界は厳しい。
だからこそ、楽することは否定し、苦労して働かないと生きられないことを子供の頃から学ばせるのだ。
「それじゃあ、ノーマン君の意見を採用で。マーセナル、ノーマン君と一緒に、基本的な計画を作ってくれるかな?」
「「はい」」
執事のマーセナルとノーマンは、頷く。
こうして、孤児院という名の人材発掘施設が、各地に作られることになるのであった。
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