第698話 虜囚の情報ですが何か?

『竜星組』マイスタ本部事務所の地下室。


『屍黒』の影のボス、リリス・ムーマは、世話になったブラックの死については、改めてリューを責めることなく、この裏社会で生きる者として自業自得という結論を出した。


 もちろん、自分が死ぬとしても、同じく自業自得だと思っていると漏らす。


 それに、魔族という種族である以上、こちらの世界では誰かの庇護のもとでしか生きることが難しい。


 リリス・ムーマは偶然ブラックの庇護下になることで、生きられていただけなのだ。


 だから、リューの温情は、リリス・ムーマにとって第二の人生と言ってもいいかもしれない。


 いや、第一の人生が魔大陸でのものだったとしたら、ブラックの下で第二の人生、そして、リューの下で第三の人生を歩むという形になるのかもしれなかった。


 リリス・ムーマは、ブラックの死を悼んで、シクシクと泣いていたが、リューはあえて声をかけず、今は、放っておくことにするのであった。



 そして、リューは仮面を付けたまま、リーンとマルコと共に別の部屋へと移動する。


 そちらには、もう一人の『屍黒』の大幹部筆頭であったクーロンが拘束されていた。


 このクーロンは、祖父カミーザの圧倒的な力の前に、抵抗できずに捕縛されていたのだが、その為、尋問については多少、協力的になっている。


 すでに、ボスであるブラックの死を伝え、大幹部もクーロン以外は全て死んでいることも伝えていた。


 当初は、それを信じていなかったが、王家によって『屍黒』の殲滅を宣言され、ボスと大幹部五名の死を公表した新聞を目の前に出されたことで、それが事実であることを理解せざるを得なかったのである。


 その衝撃がどれほどのものかわかるだろうか?


 王都裏社会に宣戦布告して互角に渡り合えるだけの巨大組織のつもりでいたのに、ある日の数時間の間に、各地方の拠点が悉く滅ぼされるのだ。


 大幹部筆頭であった以上、『屍黒』という組織の大きさ、暴力という全てを動かす権力があることを知っていただけに、それが瞬く間に滅ぼされることなど想像しようがない。


 だが、敵はそれを『王都裏社会連合』という形に結集して、自分達の力の結晶である『屍黒』を滅ぼしてしまったのだ。


 しかし、クーロン自身を狙った襲撃者のことを考えると、それも信じざるを得ない。


 クーロンは、大幹部の中でも、人一倍慎重で、護衛は組織の中でも一番の腕利きを集めて傍に置いていたからだ。


 それらを音も無く始末して、寝ている自分を起こすことなく、手の届く範囲まで接近することが出来たのだから、『屍黒』は相手を見誤ったということだろう。


 クーロンは捕縛された身としてそれを痛感していたから、『屍黒』が滅んだことを受け入れるしかないのであった。


 リューとしては、この大幹部筆頭クーロンの情報は、全て欲しいところである。


 サン・ダーロからもたらされた情報通りなら、クーロンは『屍黒』の資金源や全ての拠点や隠し財産、兵隊の数まで全体を隅々まで把握しているはずだ。


 実際、ここまで尋問してもたらされた情報も、それを裏打ちするものになっている。


 今のところ、ブラックが会長を務めていた経歴が真っ白な『白山羊総合商会』については、『竜星組』が押さえている。


 他の大幹部が表の顔として利用していた商会や、中には爵位持ちもいたのだが、それらは襲撃した『月下狼』や『黒炎の羊』などの組織が後を引き継ぐことになっていた。


 もちろん、後始末をしてくれている王家の意向もあるから、あとで没収される懸念はある。


 なにしろ、『屍黒』の勢力圏はいくつもの地方貴族領に跨っていたから、各領の領主に裁量権があり、そこがごねると王家を間に入れても揉める可能性があるからだ。


 特に大幹部の一人には、地方貴族の与力に納まっていた者もいるので、地方貴族は寝耳に水のことであり、揉めるのは明らかである。


 だから、すぐに『屍黒』を滅ぼした報酬を得るということは、難しい部分があるのであった。


 だからこそ、この大幹部筆頭クーロンの情報は必須なのだ。


 この男が『竜星組』にもたらす内容は、『王都裏社会連合』の各組織への平等な報酬分配の為である。


 当然だが、今回の『屍黒』壊滅の音頭を取った『竜星組』『月下狼』『黒炎の羊』は、一番貰いが多くなる予定だ。


 さらには、ボスと大幹部を討ち取った功績も大きいので、その辺りも考慮されるのは当然だろう。


 中には暗殺ギルドのように独自の活躍をした組織もあるのだが、こちらは縄張りや地位、名声には全く興味がなく、情報や金銭を求めていたから、あまり、問題にはならなかった。


 人身売買組織や拷問組織などが求めるものは、ほとんどお金であったし、地方貴族領に縄張りを求めていたから、『屍黒』のいくつかの縄張りを貰って満足することになるのだが、この時はまだその分配は行われていない。


 大幹部筆頭クーロンは、ともかく自分に差し向けられた刺客の大元が『竜星組』であったことを知って、格の違いを恐れていた。


 ボスのブラックをやったのも同じであり、有力な拠点襲撃にも『竜星組』の補助があったことを聞かされると、クーロンは敵にした相手が悪すぎたことを痛感する。


 クーロンは、真実を知れば知る程、自分が持っている情報を『竜星組』へと提供するのであった。



「意外にあっさり吐いてくれているわね」


 尋問を小窓から覗いていたリーンが、拍子抜けとばかりにそう漏らす。


「おじいちゃんに命を狙われたら、安全な場所はないと理解したんだろうね」


 リューが、捕縛に大活躍してくれた祖父カミーザと領兵隊のことを想像して告げる。


「ふふふっ。カミーザおじさん、魔境の森で未だに腕を磨いている最恐戦士だものね」


 頼もしいリューの祖父のことを、リーンは笑ってそう表現する。


「情報を全て出させたら、『王都裏社会連合』での報酬分配と解散かな。すでにうちの傘下に入りたいと申し出があった組織もあるから、整理が大変だけど」


 リューはそう言うと苦笑した。


 今回、『屍黒』との抗争は、複数の地方貴族の領地を股にかけた襲撃であったから、その辺りの揉め事などの処理は、ケツ持ちの王家に任せている。


 しかし、裏社会に関わることについての処理だけでも膨大な量だったので、リューは休む暇がないのであった。

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