第697話 彼女の事情ですが何か?
現在、『竜星組』マイスタ本部事務所の地下室には、二人の虜囚がいた。
一人は、『屍黒』のボス・ブラックの妻役を演じていた影のボスと思われる美女。
もう一人は、同じく『屍黒』の大幹部筆頭クーロンである。
大幹部筆頭のクーロンに関しては、『屍黒』の全情報を引き出す為に、祖父カミーザに捕縛をお願いした結果であったが、ブラックの妻役で影のボスと思われる美女については、リューの気まぐれによるものであった。
まあ、影のボスならば、『屍黒』以外の組織である『屍人会』『亡屍会』について何か知っている可能性があると踏んだことでもあるのだが……。
そして、今問題にしているのは、その影のボスの美女の方であった。
ブラック邸襲撃時に捕縛した時は夜であり、リューが『次元回廊』でこの美女を地下牢まで運んだことで当初は気づかなかったのだが、健康管理の為、日差しのある庭に一時的に散歩させてしばらくすると、その姿に異変があったのだ。
それは、ただの美女から、頭部に二本の小さな角、背中には蝙蝠のような翼を持ち、とても肉感的でスタイルの良い姿に変化したのである。
その容姿は魅力的で色気漂う美しさだが、とても妖しく危険を感じさせるもので、マルコなどはすぐにこの美女が伝説の魔族であることに気づいた。
それからすぐに、地下室に戻して誰も接触しないように幽閉している。
リューはその報告を聞いて、当然ながら驚いた。
魔族というのはとても稀有な存在であり、人間世界には中々現れることもないので、夜更かしをする子供を諭す時に、恐怖の対象として親がその手の寓話をすることがあるくらいであったからだ。
リューはその存在について知っていても、会ったことなど一度もなかった。
「魔族……だもんなぁ。これはどう扱っていいのやら……」
リューは傍のリーンに言うでもなく独り言をつぶやく。
「魔族も種族の一つなんでしょ? まあ、遠い昔に人類の敵だった過去があるらしいけど……。とりあえず、本人に事情を聞きましょう。なんで、『屍黒』の影のボスに座っていたのかを」
エルフは保守的な者が多いので、リーン辺りは魔族と聞いて会うのに反対し、警戒するかと思っていたリューであったが、意外にも差別することなく尋問を勧めるので軽く驚いた。
「何? 私が反対すると思ったの? 私は知らないことは知りたいし、噂が事実かどうか確認したいだけよ? リューもそうでしょ?」
リーンはリーンだった。
好奇心が優先されていたのだ。
もちろん、リューの危険になるようだったら排除するつもりだろうが、危険を確認するまでは扱いについて判断するつもりもないようである。
「確かに。リーンの言う通りだね」
魔族というのが寓話レベルの闇の住人種族だったらと、初めて会うリューは、いつの間にか想像以上に警戒していたようだ。
リューは反省すると、地下に下りてこの魔族の美女と対面することにするのであった。
「……あの時の坊やですね?」
報告にあった魔族の姿から捕らえた時の人の姿に戻った美女が、仮面姿のリューを見てそう質問した。
「ええ。部下から報告であなたが魔族だということで、扱いに困っています。とりあえず、本来の姿を見せてもらっていいですか?」
リューは、美女にそう言うと、真の姿に戻ることを要求した。
「……」
美女は、しばらく沈黙したが、リューの要求に応じて、マルコからの報告があった魔族の姿に戻ってみせる。
報告通り、地味目の美女の姿から、スタイルの良い妖しい色気漂う美しい魔族の姿に変化してみせた。
「……本当に魔族なんですね……。──それで、あなたの名前はなんですか? どこから来たのですか? 目的は? 魔族にも色々いると聞きましたが、あなたはどの種族になるのでしょうか?」
リューはとりあえず疑問に思ったことをこの魔族に質問した。
「私の名は、リリス。リリス・ムーマ二十歳よ。魔大陸から三年前、こちらに渡ってきたわ。目的は、生きる為。──私、こう見えて人と魔族の混血なの。元いた場所で生きづらくなったから、こちらに来たのよ。魔族の種別でいうと、
リリス・ムーマは、リューに捕らえられてからは観念しているのか、素直に質問に答えた。
「淫魔族……。聞いたことがあるような、ないような?」
リューは、前世で極道だったのだが、そういう知識は映画やTVくらいでしか入手しないのであまり、覚えがないようだ。
もしかしたら、映画で聞いたことがあるのかもしれないが、興味がないと、そういう単語は頭に入ってこないものだから、忘れていても仕方がないところである。
「淫魔族は狙った異性を甘美な夢で誘惑し、相手がそれに屈すると人体の限界を超えた"快楽"を与え、絶命させるという逸話がある魔族の一つです」
マルコが、魔族の知識がないリューに隣から助言する。
「そうなの!? 確かに、妖しい色気がほとばしっているもんね。はははっ……」
リューは、本能的に危険な香りしかしないリリス・ムーマの姿を見て苦笑する。
そして質問を続けた。
「その生きる為に、『屍黒』のボス・ブラックの妻役として、陰から支配していたのはなぜかな?」
「私は、一般の淫魔族と違って、闇の力を得ていれば人としての形を保つことが出来るの。こちらの大陸に来たのは良いけど、人の姿では夜しか行動できないから困っていたわ。その時、私を口説いてきたブラックが闇魔法使いだったから、日差しのある日中でも一緒にいれば人の姿を保てると思い、妻役として傍にいただけよ。闇系の魔力が人の姿の維持に必要なの。──まあ、いつの間にか私の言いなりになっていたから、『屍黒』の結成時には、多少手助けしたのだけど、それだけよ……?」
リリスは、ブラックの死に対して触れることなく、淡々とだが少し物悲しそうに答えた。
「……そのブラックを僕が殺すことになったのだから、恨んでくれて構わないよ。君はどうしたい? 僕に復讐したいかな? それとも、君の言う生きたい世界で自由になるかい?」
リューは、この世界にいる以上、恨まれることは当然あると思っている。
だから、リリス・ムーマがリューに復讐を果たしたいと思うなら受けて立つし、それを忘れて生きるなら解放しても良いと思っていた。
「……復讐? そんなつもりはないわ。ブラックは恨みも沢山買っていたし、私もその手助けになるような助言も一杯していたから、死んだのも捕まったのも自業自得。あなたを恨むのは筋違いよ……」
リリス・ムーマは、悲しそうな表情を浮かべると、そう投げやりに答える。
「……望むなら魔大陸に送り届けてもいいけど?」
リューは、この妖しい色気を漂わせながら、悲しい表情を浮かべるリリス・ムーマに少し同情的になった。
害意はないようだし、本当にこちらの世界で生きる為に、必死だったのかもしれないと感じたのだ。
「あの魔族の世界に二度と戻るつもりはないわ。でも、こちらの世界でも魔族が生きづらいのは確か……。──もう、生きるのを諦めるわ……。殺して頂戴……」
リリス・ムーマは、諦めの姿で脱力すると、リューに死を望む。
彼女に、これまでの人生で何があったのかは想像できないが、生きる為に、辛い日々も多かったのかもしれない。
完全にその目から生きる希望が失われていた。
「馬鹿を言っているんじゃないわよ! リューが手助けするということは、生きる機会が、まだ、あるということなの。魔族の世界でダメなら、リューの傍で生きなさい。あなたにもできることはあるでしょう?」
リーンがリリス・ムーマを叱咤する形で激励した。
「でも……」
リーンの言葉に、リリス・ムーマは迷う。
「リーンの言う通り、僕の傍で生きてみない? と言っても、君が人の姿を保つとなると夜のお仕事中心になるとは思うけどさ。うちはそういう仕事も色々斡旋できるし、もし、それを望まないなら、また、別の仕事を考えるよ。──それに今、このまま、死んでどうするの? この三年間一緒だったブラックの為に、泣いてあげる時間くらい必要でしょ?」
リューはリリス・ムーマの絶望した目には、後悔の色が浮かんでいたので、そう指摘する。
すると、リリス・ムーマの目から意図せずにぽろぽろと涙が流れた。
相手が悪党でも、三年間一緒に暮らしたこと、そして、生きる場所を提供してくれたことには、やはり、感謝の念があったのだ。
お互い悪事に手を染めた間柄。自分は助言だけとはいえ、誰かの人生を変えてしまったことも沢山あったはず。それに、同じ穴の狢として、心通わせる瞬間もあったことだろう。
リリス・ムーマは、ブラックに対して初めて涙を流すと、これまでのことに感謝し、その死を悼むのであった。
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