第685話 治安の心配ですが何か?
王立学園二年生校舎、その一室。
「最近、王都の治安が悪くなってないか? 昨日も通称・悪党通りで殺傷沙汰があったらしいぜ?」
リューの同級生であるランスが、新しい情報とばかりに隅っこグループの友人達に会話のネタとして提供した。
「ランスの言う通り、最近、王都が物騒なのは確かだな。警備隊だけでなく、王国騎士団まで動いているのを、帰りの馬車で見かけたよ。あそこが動くのは珍しいから目立っていたな」
シズの幼馴染であるナジンも、同調して頷く。
「……みんなも気を付けてね。巻き込まれたら大変だから」
最近、親であるラソーエ侯爵から護衛を付けられているシズが注意喚起する。
「このメンバーで巻き込まれて危険に陥りそうなのは、ほとんどいないんじゃないか?」
リューの部下であるイバルが騒ぎの元について知らないフリをして、答えた。
「まあ、リューのところはリーンとスードがいるし、イバルやラーシュも馬車が一緒だから問題ないとして……、シズとナジンも護衛増えているから安全は確保できているよな。近衛騎士団の護衛が付いているリズは問題ないだろうから……、あ、御者だけで護衛がいない俺が一番巻き込まれたら危険じゃないか!?」
ランスがリュー達を指差しながら、確認していたが、自分が一番安全ではないという結論に至る。
「ボジーン男爵家の武闘派嫡男を襲う人がいるのかなぁ?」
リューがランスを笑って指摘した。
「そうそう。ボジーン男爵の嫡男を襲撃したら、王家を敵に回すことになるから、それはないな」
イバルもリューの言葉に同調する。
「それより、うちの王女殿下が巻き込まれることがないように、早く治安の鎮静化を図ってもらいたいな」
そこへ、隣クラスのもう一人の王女一行の一人、ノーエランド王国宰相の息子サイムス・サイエンが教室に入って来た。
続けて、エマ王女達も入ってくる。
「みなさん、ご機嫌よう。学園祭では舞台を見に行けなくてすみませんでした」
エマ王女が、サイムス・サイエンの言葉を流して、リズ王女に謝った。
「エマ、私も舞台が忙しくてそちらの喫茶に行けなかったから……、ごめんなさいね」
リズ王女もこの丁寧な友人に謝り返す。
「その話はいいじゃないか、姫様。まあ、俺もリューの旦那の草の演技とやらを観てみたかったんだけどな。王都の演劇界で注目されているんだろ?」
海軍総帥の孫シン・ガーシップが、皮肉ではなく純粋に興味を引かれた様子で聞く。
「草は草なのですわ。それより、姫様のメイド姿を見に来ない男子はほとんどいなかったのですわ!」
最年少十一歳で編入したアリス・サイジョーは自分のところの王女殿下が、一番と考えていたから、リューの演技については興味がないようだ。
そして、同行している平民出の天才少年ノーマンは無口のまま、静かに後ろに立っている。
「今、王都の治安の話しているんだから、話を逸らすなよ。──それより、サイムス・サイエン。王都の治安に文句をつけるなよ。それはリズに対する文句か?」
ランスが、シン・ガーシップやアリス・サイジョーに注意しつつ、話を最初に戻してサイムス・サイエンの言葉を咎めた。
「そ、そういうつもりでは……!」
サイムスは、話に入るとっかかりとして冗談のつもりだったようだが、リズがいる以上、そう取られても仕方がない内容であった。
「まあまあ。──確かに治安が悪化しているのは事実だから、仕方がないよ。だから、エマ王女殿下達もしばらくは気を付けてもらえるとありがたいです」
リューがリズに代わって注意喚起をする。
「それは大丈夫だ。うちのノーマンが危険な場所はいち早く察知してくれているからな。──いや、今は、リュー殿の部下になるわけだが……」
サイムス・サイエンが同級生であるノーマンを優秀さを評価しつつ、それが今はリューに引き抜かれていることを思い出して言葉を濁す。
ちなみにノーマンは、王都の裏社会の相関図から、その組織の縄張りに至るまできっちり把握していたから、敵である『屍黒』が襲撃するであろう場所も十分予測し、エマ王女一行の訪問先については注意を払っていたのである。
その情報は全て、ノーマンの上司の一人に当たるルチーナの総務部隊から得ているものであったから、ノーマンとしては当然だった。
「それなら良かった。──エマ王女殿下。しばらくの間はノーマン君のアドバイスに従い注意してくれると、助かります」
リューは優秀な部下であるノーマンが、地味に貢献してくれていることを嬉しく思いながら、エマ王女にそう告げた。
「はい、リュー様。ノーマンはリュー様の下で、さらにその才能に磨きがかかったように思えるので、とても信頼しています」
エマ王女はその美しい顔に笑みを浮かべると素直に頷く。
たまにエマ王女殿下は、どこまで知っているのかわからない反応をすることがあるんだよなぁ。
リューは、ノーエランド王国の『真珠姫』と謳われる美女の不思議な笑みにどう反応するべきか困るのであった。
「まあ、噂では今の王都の治安の悪さは、裏社会の抗争が原因らしいぜ? だから、そういった場所に好んでいかなければ、大丈夫らしいぞ」
ランスが、リューが答える前にさらに情報を提供する。
「裏社会の抗争か……。我がノーエランド王国も他人事ではない話だな」
サイムス・サイエンが眉をひそめるとそう漏らした。
「どこの国も光が強ければ影も濃いってことだな」
シン・ガーシップも幼馴染の親友に納得するように頷く。
「確か、『豪鬼会』と『風神一家』が抗争しているんだよね?」
リューは部下であるサン・ダーロから話を聞いていたので、その話に興味を示した。
「リュー殿はそんなことまで知っているのか?」
サイムス・サイエンは驚いて、聞き返す。
「親善使節団の時に、少し関わったから名前くらいはね。そちらは、まだ、収束しそうにないの?」
リューは国の対応が知りたくてさらに聞いてみた。
やはり、『竜星組』を率いる者として、裏社会の組織に対する国の動きは知っておきたいのが正直なところである。
「『豪鬼会』と『風神一家』が常にぶつかっているわけではないのだがな。その傘下の組織同士の代理抗争もあるから、争いが激しくなる度に、騎士団が動いて制圧している状況さ。だが、いたちごっこになっているのは否めないな」
宰相の息子だけに、内情に詳しそうなサイムス・サイエンは、そう答えた。
なるほど、国が動きそうになったら傘下組織の代理抗争に移行させ、一時的な落とし前を付ける形で、国に納得させる方法を使っているのか……。良いことを聞いたな。
リューはノーエランド王国の役人にも裏社会と関りがある者がいるようだと、その情報から納得すると、今後の参考にしようと考えた。
「こちらも王国騎士団が動いているようだし、すぐに落ち着くんじゃないかな? それまで抗争が激しいうちは、外出は控えた方がいいだろうけどね」
リューは当たり障りのない結論を出すと、この場はお開きにするのであった。
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