第684話 荒れる王都ですが何か?

 王都裏社会への宣戦布告後、第一波の襲撃が失敗に終わった『屍黒しこく』は大きな痛手を負ったはずだが、その痛みもどこ吹く風で第二波の襲撃を敢行した。


 今度は組織事務所ではなく、各縄張りの資金源となるお店関連を襲うというもので、これは王都民も巻き込まれることであったから、普通は極力避けるものだ。


 そうでないと警備隊や王国騎士団を刺激することになるからである。


 現状、王都裏社会への宣戦布告をした段階で、『屍黒』はすでに王都警備隊、王国騎士団、さらには近衛騎士団にもマークされていることから慎重になりそうなところであったが、『屍黒』という組織の特性上、『屍』のやり方を踏襲していることから、一般人を巻き込むことも辞さないようだ。


 リュー率いる『竜星組』は、この手段が用いられるであろうことは、最初から予想していたことだったので、『王都裏社会連合』(『竜星組』、『月下狼』、『黒炎の羊』が中心となった連合体)にもその情報は行き届いている。


 だから、『屍黒』の主な襲撃先は各組織の金の卵と呼べる高収益を生み出している『箱(お店や商会など)』であったから、予想は簡単で対策を行っていた。


 ただし、相手は大組織の『屍黒』であったから、その襲撃規模は大きい。


 さすがに『王都裏社会連合』側の被害もゼロとはいかなかった。


 各自、自分のところの縄張りは、自分で守ることが基本だったから、兵隊の数に限りがある小さい組織は物量で勝る相手には、不利だからだ。


 その為、警備隊や王国騎士団の手も借りて、この襲撃に対して対抗するしかなかったが、その手も限度があるので多少の被害は出るのであった。



 学校帰りのリュー、リーン、スードは、仮面とフードを装備すると、王都事務所に詰めている部下達を労う為に、足を運んでいた。


 そこに、マルコがこの日、新たな襲撃があったことを報告する。


「若、王都の各所で火事や殺傷沙汰が多発しています。うちは警備隊や王国騎士団と協力して上手く対応している方ですが、一部、予想襲撃場所を外れていたところで被害が大きいようです」


「さすがに、受け身のこちらにも限界があるからね。──それでも、他の組織は今のところ、協力体制にひびは入っていないよね?」


 リューはマルコの報告を聞きながら、『王都裏社会連合』としての体制を確認した。


「はい。そちらは士気が高すぎるくらいに統制が取れています。それに、ルチーナの総務隊を王都各所に配置することで想定外の場所の襲撃に対して救援にいけるようにしていますから、それを有り難がって『竜星組』に対する信頼度は上がっているようです」


 マルコは、リューの狙いである『屍黒』への対抗策の他に、王都裏社会の疎遠だった各組織から信頼を得ること、各情報を得ることなども遂行されていることを報告する。


「この間にランスキーの情報部隊が、『屍黒』の詳しい情報を収集するのを待つしかないからね。まあ、現場はサン・ダーロに任せているから大丈夫だとは思うけど」


 リューはノーエランド王国から連れてきた元殺し屋で逃げ足が速い部下の名を口にした。


「サン・ダーロへの信頼も厚くなりましたね。はははっ!」


 マルコはエラインダー公爵領領都潜入以後から評価が高まっていることを指摘した。


「うん、サン・ダーロはマイスタの古参部下からの信頼も厚いからね。ランスキーが現場を任せているくらいだから。立派な家族の一員さ」


 リューも笑って活躍が目覚ましい部下をそう評するのであった。



 リューとマルコが評価していた男サン・ダーロは、現在、部下を各所にやって情報収集を行う反面、自らは襤褸を着た物乞いの恰好で『屍黒』の中枢部があると思われる、とある貴族領の街に潜入していた。


「ヘックシ……!」


 サン・ダーロはくしゃみをすると、右足を引きずりながら、人通りの多い建物の前に座るとお椀を置いて施しを求める。


 その手は爪が汚れ、肌も垢まみれに見えた。


 これらは全て、炭で体を汚し、メイクしているからであったが、見事に古傷を持つ物乞いを演じている。


「おい! 今日はこの建物前で物乞いするんじゃねぇよ! こっちは幹部集会で忙しいんだ、他所に行け!」


 大きな建物の前で周囲を警戒していた『屍黒』の兵隊と思われる男が、物乞いのサン・ダーロを邪魔そうに他所にいくように追い払おうとした。


「旦那、施しをくだせぇ」


 サン・ダーロは執拗に男に言い募る。


 そこへ黒塗りの馬車が到着した。


「ちっ! あとでいくらかやるから、端に移動しろ! このままだと俺の首が飛んじまうだろ!」


 男は慌てた様子で、物乞いサン・ダーロを隅の方に追いやると、急いで馬車に駆け寄り、その扉を開ける。


 馬車からは殺気を漂わせる恰幅の良い男が降りてきて、一瞬、物乞いのサン・ダーロを一瞥するが、興味がないのかそのまま、視線を戻し建物に入っていく。


 その後も、馬車は立て続けに到着すると、降車した人物達が建物に入っていった。


 それを物乞いサン・ダーロは視界の端で一人一人確認するのであった。



 建物内で何が行われているのか全くわからないままであったが、サン・ダーロは『屍黒』に連なる大きな組織の幹部集会であろうことは目星を付けていた。


 その建物の前に現れた幹部の人相は全て覚えたので、すぐ部下に人相の特徴を描いてもらい、周知徹底する。


 そして、その幹部がさらに上と接触する機会を窺うことで『屍黒』のボス、もしくはその大幹部まで到達するのが狙いであった。


『屍黒』は『竜星組』のように、ボスの顔が知られていない。


 名前が、ブラックと言うらしいことは、すでに捕縛した敵を拷問専門組織の味方が吐かせている。


 なんでも、バンスカーの下に数人いた大幹部の一人で、闇魔法が得意な武闘派らしい。


 だが、容姿の特徴は入手できていないから、サン・ダーロが探っているのであった。


 今回も上を探れば探る程、ヤバい連中しかいないな……。


 サン・ダーロは呆れながら内心でそう漏らす。


 やはり、『屍』を母体にしていた組織らしく、兵隊は命知らずばかりで、危険な連中の集まりなのだ。


 まあ、腕もいいかと言われるとそれは別だが、命知らずというのはそれだけで、相手する方はそれなりの危険が付き纏う。


 こういう連中が、命を代償に金星を挙げることがあるのが、この世界だと珍しくないからである。


 それは、サン・ダーロもエラインダー公爵領で嫌という程経験していたから、今はさらに慎重になっていた。


 部下にも危険を感じたら即逃げることを徹底させていたし、自分もそうすることを心掛けている。


 もちろん、現場を任されている以上、逃げの一手が使えないこともあるが、それも、上司であるリューの顔がチラつくと、納得する自分がいた。


 それくらいリューに対する忠誠が、命に優ると考えているのだ。


 これは、部下も同じであるが、その部下もリューから預かっているものだから、サン・ダーロは守る義務がある。


 だからこそ、逃げることを徹底させているのであった。



 街郊外の空き家にその部下達と集まっていた。


「──人相はこの感じであっている。みんな、よく覚えておいてくれ。これからはこの幹部連中をマークすることで、その上の連中を狙う。……多分、そこが『屍黒』のボス、もしくは大幹部のはずだ。あと、この人相書きは、『王都裏社会連合』の情報屋組織にも回しておく。あっちもうちほどじゃないが、情報収集に長けているから、何か掴む可能性があるんでな」


「「「へい!」」」


 部下の数人は人相書きを、魔法で複写できる者に任せて人数分用意すると、それを懐に入れて一旦、王都に引き返す。


 残った者は、サン・ダーロの指揮のもと、また、『屍黒』の縄張り内で危険な情報収集活動を行うのであった。

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