第682話 王宮での食事会ですが何か?

 新作の視察から数日経った休日のこと。


 リューはミナトミュラー男爵として、王宮に呼び出されていた。


 傍にはいつもの通り、リーンとスードもいるが、他にもミナトミュラー商会の料理人達も十人程連れていた。


 一人はリューの下で料理長、残りはその助手的役割だが、他所のお店なら総料理長を任されるであろう腕を持つ、立派な料理人達である。


 ここは、王宮の簡易的な玉座がある少し狭めの部屋であり、そこに急遽作られた食卓のテーブルが並び、その目の前には、調理スペースも作られていた。


「ミナトミュラー男爵、今回はよくぞ参ってくれた。娘のエリザベスがずっとノーエランド王国親善使節団の時に食べた海の幸がまた、食べたいとうるさくてな。はははっ!」


 食卓用テーブルの中心には国王が座っており、他にも王家の者達がずらりと並んでいる。


 と言っても、数人は欠席している者もいたのだが、その代わりに宰相や大臣も端の方に座っていた。


 いわば、この国の首脳陣がほとんど一堂に会していると言っていいだろう。


 それを証明するように、近衛騎士団の護衛が王家の背後にずらりと並び、大臣達の背後にも側近が二人ずつ立っている。


「陛下、私のわがままでこの席が設けられたような言い方をしないでください」


 リズ王女が、国王の言い草に注意をした。


 どうやら、国王の言っていることは、嘘らしい。


「わははっ! すまん、すまん。 ──ノーエランド王国との交易についてどのくらい利があるものなのかを再確認するうえで、『食』は大事だろうという話になってな。あちらの『食』について詳しいミナトミュラー男爵を呼んだ理由は、使者から聞いた通りその為だ。今回、お主にはあちらの『食』を皆に振舞ってもらいたい」


 国王はリズ王女の淡々とした物言いに、笑って謝ると今回の趣旨を簡単に説明した。


 リューは当然使者からその依頼は聞いていたが、これだけ偉い人物が大集合しているとまでは聞かされていなかったので、顔見知りの使者に恨みがましく視線を送る。


 使者を務めた官吏は、その視線をすぐに察して、手を合わせてリューに謝る素振りをみせた。


 どうやら、使者もここまで大袈裟なものになるとは思っていなかったようだ。


 ちなみに、王家からは国王と第一王妃をはじめとし、ジミーダ第一王子(24)は出席。


 エラインダー公爵の後援を得ているが、王位継承権は一番最後になっているオウヘ第二王子(21)は欠席。


 親善使節団の使者となり、その時に暗殺未遂の折に後援の貴族を失ったヤーボ第三王子(19)も欠席。


 最近、ランドマーク本領での祭りにお忍びで来ていて、リューからの評価が高いオサナ(8)第四王子は出席。


 他国へ嫁ぐことが決まっており、これが、家族と公務での最後の食事になりそうな第一王女(17)は出席。


 同じく現在、他国の王家と婚約が決まって日が浅い第二王女(16)も出席。


 そして、今回の提案者の一人になっているリズことエリザベス第三王女(13)も出席していた。


 それとは別に各第二王妃以下、各側室も一緒である。


 リューもこれだけの王族が集まっているのは初めてのことなので、興味が尽きないところではあるが、連れてきている料理長達が指示を待って緊張している。


「はい、それでは挨拶は抜きにして、早速、料理人達には調理に入ってもらいましょう」


 リューはそう言うと、マジック収納から、新鮮な魚を次々と料理人達の前に出して見せた。


「「「おお!」」」


 大臣達をはじめ、王家の者達もほとんど見ることがない魚の数々に驚いて席を立ち、前かがみに覗き込む。


 それも仕方がないだろう。


 こちらの世界では傷むのが早すぎて、ノーエランド王国でも生で食べるのは珍しいクロマグロなどは、クレストリア王国の王族であっても、生で見ることはないだろうからだ。


 この食事会に参加した者達はその大きさにも驚いていたが、料理人達がそのクロマグロの首を落とす為のノコギリ包丁や、マグロの背骨から腹を開く際に使われるたちわり包丁、日本刀のように長く、骨と身を分けるために使う 二メートル近いおろし包丁が出されると、王家の面々の前だが、控えめながら歓声が沸き起こる。


 それらで料理人達がマグロを切り分けていくと、国王をはじめとした王家の者達が立ち上がり、前に出てきて眺め出す。


 近衛騎士団は刃物を扱っている料理人の近くに王族が近づくことにピリついたが、リューはあえて気づかないフリをする。


 気を遣っていたら、せっかく新鮮な生魚が勿体ないからだ。


 リューは、傍で待機していた侍従長ボジーン男爵に目配せする。


 すると、従者が次々と料理人が切り分けた生魚を各席に運んでいく。


「話には聞いていたが、本当に生なのだな。とても野蛮な料理に感じるが、食べてみるか」


 国王は席に着くと、出されたマグロの刺身を代表して食べようとする。


 これには大臣達が慌てて止めた。


「お待ちを、陛下! ここは毒見をしてもらってから、食べるのが一番安全ですぞ」


 大臣の一人がそう言うと、じろりとリューに視線を向けた。


 あ、やっぱり?


 リューは内心で苦笑する。


「それでは陛下、僕が毒見をさせてもらいます。ちなみに、このクロマグロ、切り分けた通り、部位によって味が違います。赤身と中トロ、大トロとあり、まずは赤身から」


 リューがワサビ醤油に赤身を軽くつけると、口に運んだ。


 リューは何も言わず、満面の笑みになる。


 そして、


「では、次は中トロを」


 と言うとまた口に運んで美味しさに嘆息する。


「最後に、一番脂がのって口の中でとろける大トロを」


 リューは表現すると、また、口へ運ぶ。


「どれもそれぞれの良さがあり、美味しいですよ」


 リューのその様子を見て、大臣の一人が意を決したのか、


「陛下! では、まず、臣下として私が!」


 と大袈裟に告げると、リューと同じように、ワサビ醤油に赤身をつけて口に入れる。


 その顔は恐る恐るで目を瞑っていたが、思わぬ美味しさに目を見開く。


「おお!? こ、これは美味でございますぞ!」


 大臣はそう言うと、中トロ、大トロと次々に食べてはその度に感動する。


 これを確認した国王は、笑って自分も口に運ぶ。


 それを確認した他の者達も遅れてはならずと、食べ始めるのであった。



 リュー達はこのあと、宣伝も兼ねて海老や魚、野菜などの天ぷらを出し、煮つけ料理なども振舞った。


 そして、しれっとお米も出して、「一緒に食べると美味しいですよ」と勧めたことは言うまでもない。


 リューはこの機会に、お米と海鮮のおいしさを、クレストリア王国中枢の者達へ勧めることに成功したのであった。


ただし、見た目で引かれる可能性のあったタコやイカは、今回出さずに避けたことを記述しておく。

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