第681話 新作ばかりですが何か?
ラーメン屋の新商品である醤油味、とんこつ味はそれぞれ魚介と豚骨スープをベースにした王都の他所の商会では到底マネできないものになっている。
特に魚介類は、海が近くにない王都において、コストを考えるとそのマネは不可能と言っていい。
これらは当然リューの提案でマイスタの料理人達が作り上げた逸品である。
醤油自体も王都どころか国でも知られていない調味料であるから、この味は現在大人気の味噌ラーメンと同じくらいマネをするのは難しいだろう。
リューは、料理人達が緊張する中、並べられた醤油味、豚骨味のラーメンのスープをれんげですくって味見していく。
リーンはその横で麺を啜っている。
こちらは味見というより、普通に食事をしている気がするが、リューの方は真剣な面持ちで味のチェックをした。
ゴクリ……。
料理人達はリューの言葉を待つ。
「……うん。僕のイメージした味にかなり近いね、これでいこう。──みんなよくこの味に到達したね。よく頑張ったよ、合格だ。これからもよろしくね」
リューが真剣な表情から笑顔に変わってそう答えると、料理人達もパッと笑顔になる。
そして、
「若様のアドバイスのお陰です!」
「自分達だけでは、この味は出せませんでしたから、ありがとうございます!」
「みんな、若様から合格を頂いたぞ!」
と料理人達は苦労が報われたとばかりに抱き合って喜ぶのであった。
「もう、みんなリューに褒められたからって喜び過ぎよ。でも、本当に美味しかったわ。胸を張っていい出来よ」
リーンは最後に残ったスープを飲み干すと、料理人達の努力を労う。
「姐さんからも褒められたぞみんな!」
「「「ありがとうございます!」」」
料理人達は、リュー同様、リーンのことも慕っているから、その二人から褒められて達成感もひとしおのようであった。
「リーン、次は、天ぷら屋のメニュー確認なのに、ラーメン二杯も食べて大丈夫なの?」
リューは『天ぷら屋』仮店舗に向かう馬車の中でリーンに確認する。
「……美味しくてつい食べきっちゃったわ。天ぷらはリューに任せる……」
「はははっ。確かにどちらとも美味しかったからね。でも、リーン、スープは太る原因になるから、二杯とも飲むのは勧めないよ?」
リューは笑って諭すように教えた。
「え、そうなの!? そんな大事なこと先に言ってよ、もう……。 ──今晩は軽いものにしておくわ」
リーンは驚いた様子で、お腹を気にしつつ、そう答えるのであった。
「天ぷら屋はメニューの確認が中心だから、僕だけでチェックするよ」
リューが苦笑して応じていると、馬車は『天ぷら屋』の仮店舗に到着する。
店内に入ると、すでに準備が整っており、室内の熱気が伝わって来た。
「お待ちしておりました、若様、姐さん!」
料理長が、代表してリューとリーン、護衛のスードを出迎える。
『海鮮屋』を開くつもりで用意した仮店舗内は、すでに、『天ぷら屋』にするべく内装工事も完了していた。
リューの提案で和風の趣がある店内にしてある。
「うん、メニューが決まったんだよね? 一通り見せてくれるかな」
「へい、喜んで!」
料理長は他の料理人達に指示して、早速天ぷらを揚げ始めた。
心地よいパチパチという音と共に具材が次々に揚がっていき、リューの下に出されていく。
種類は海鮮の定番、海老やイカ、タコ、キスにアナゴの他、鶏肉、
あとは季節の野菜は当然だが、リューの提案でかき揚げも用意された。
もともと、野菜の天ぷら自体は過去にも試してはいたのだが、今回は本格的に小海老やイカを混ぜたものを指導して力を入れているのだ。
さらには変わり種として、チーズなどもあったので、王都民にとっては馴染みのある具材もあったから、それと一緒に海鮮を食べてもらえるように計画している。
それくらい海鮮の具材は馴染みがないので警戒されていたのだ。
リューは出されたものを一口一口食べて確認する。
「……うん。どれもしっかり中まで火が通って、サクサクホクホクだ。──料理長、この短期間でここまでよく仕上げてくれたね」
リューは味に満足すると、料理長を労った。
なにしろ天ぷらは料理人にとって未知の料理だったから、リューの説明と手本を頼りに、このシンプルかつ奥の深い料理をいかにうまくできるかは、日々の積み重ねと研究だったからだ。
マイスタの職人に共通することだが、みんなその気質的に、仕事にまじめで誇りを持ち、リューの言葉に最大限応えて形にしようと、限界まで頑張ってくれる。
この料理長もリューの言葉と数度の手本を元によりよく美味しいものを目指してくれたから、リューは誇りに思うのであった。
「……私も海老天とかき揚げ、あとは野菜をいくつか貰おうかしら」
お腹いっぱいのはずのリーンが、満足しているリューを見て食べたくなったのかそう告げる。
「はははっ! リーン、あまり無理はしないでね? ──スード君も、ついでだから食べておきな。ラーメン食べなかったでしょ」
リューはリーンの胃を気遣うと共に、護衛として付いているスードがゴクリと喉を鳴らしたのを聞き逃さず、勧める。
「主、いいのですか?」
スードはまだ、食べたことがないこの黄金色の食べ物に目を奪われながら、確認した。
「もちろん! 料理長、二人に好きなものを」
「へい、喜んで!」
リューの言葉に笑顔で応じた料理長は、リーンとスードの注文の品を次々に揚げて出していくのであった。
「美味しかったけど、やっぱり食べ過ぎたわ……」
リーンがお腹をさすって苦しそうに馬車内でそう漏らす。
「自分はあんなに美味しいものは初めてです! 海老という生き物は、天ぷらになる為に生まれてきたと言っていいと思います!」
スードは余程好物になったのか、絶賛すると満足そうだ。
「リーンが食べ過ぎたから、本家の新作デザートの確認はまたにしようか。──御者さん、このまま、自宅までお願い」
リューがリーンのお腹を心配して予定を変更する。
「ちょっと待ってリュー! スイーツは別腹よ。──スードもそうよね?」
「もちろんです!」
リーンとスードは視線を交わすと、リューに熱い視線を送った。
「はははっ、わかったよ! ──それじゃあ、本家のスイーツ専門店に寄ってから帰ろうか」
リューは二人が喜ぶのを見ると、御者に再度お願いして、馬車の進路を変更させるのであった。
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