第680話 表の仕事も忙しいですが何か?
『竜星組』が『屍黒』との抗争突入の為、王都裏社会全体で連合を結んで忙しくなっている頃、表の顔であるミナトミュラー男爵としてのリューも忙しい。
この時は丁度、街長として、マイスタの街を囲む防壁をさらに大きく囲む防壁を建築中であり、それはもうすぐ完成しそうなところで延期していた。
それはバンスカーを討ち取る為の作戦に全力を注ぐ為に人員を土建部門から割いていたからだ。
だが、それも見事に達成されたので再開された。
ミナトミュラー商会としては早く完成させることが経費が嵩まずに済むからである。
そこで、リュー自身がリーンと一緒に現場に出て、残りの防壁を完全に仕上げることにした。
本来なら戦争中でもない限り急がなくてもいいはずだが、『屍黒』との抗争もあるので、本部があるマイスタの街の守りは早めに固めておきたい、という考えもあったからである。
「──ふぅ……。リーンお疲れ様。これでマイスタの街の守りは、より強固になったね」
リューは一緒に残りの防壁作りを行ったリーンを労いつつ、安堵の溜息を漏らす。
「そうね。『竜星組』本部はみんな王都事務所だと思っている人がほとんどだけど、いつバレてもいいようにしないとね」
リーンも『屍黒』との大抗争に発展している今、リューの言葉に理解を示した。
「さすが主とリーン様です!」
護衛役のスードが二人を褒めていると、ミナトミュラー商会の馬車が近づいてきて止まった。
そして、そこから一人の人物が降りてくると、
「お? もう完成させたのかよ! さすが若と姐さんだ、お疲れ様。これで土建部門の職人達も王都で受注している建築仕事に回せるから助かったぜ」
とリューとリーンが防壁の横で汗を拭っているのを、労った。
そう、彼は、ミナトミュラー商会を任せている副会長ノストラである。
「ノストラが現場視察に来るって珍しいね」
リューは現場は部門責任者に任せているノストラが自ら現れたので驚き、素直に疑問を口にした。
「おいおい、俺もたまには現場に顔を出しているんだがなぁ。──あ、それと若から提案のあったラーメン屋の新メニュー、『醤油ラーメン』と『豚骨ラーメン』も注文通りの味になったって、さっき現場から報告があったぜ。あと『天ぷら屋』の方もメニューが固まりそうだと料理長が言っていたな。何でも揚げ方が難しいんだろ? 相当悩んでいたみたいだが、やっと技術が身についてきたって喜んでいたぞ。詳しくは報告書にまとめて街長邸に届けておくよ」
ノストラは現場視察のついでとばかりに他の報告もする。
「そうなの? それじゃあ、昼食もまだだし、新メニューのラーメンを食べに行こうか?」
リューはリーンとスードに食事の提案をした。
「やったー! あ、でも、『天ぷら屋』にも顔を出すんでしょ? 二杯も食べたら天ぷらが入らなくなるわね……」
リーンはリューの提案に喜ぶのであったが、急に真剣な表情で悩みだす。
「試食も兼ねてだから、両方とも全部食べなくていいんだよ? というかみんなで取り分けて食べればいいじゃない」
リューはリーンが一人で完食するつもりでいたことに呆れてそう提案する。
「え、そうなの? ……言われてみればそうね」
リーンは思いつかなかったとばかりにリューの言葉に納得した。
「はははっ。それじゃあ、防壁も完成して、仕事が一つ減ってくれて助かったぜ。それじゃあ、俺は店に戻るよ。──あ、若。商会の若い奴が営業先で不穏な気配を感じて報告してきたんだが、東部方面地域の方でも大きな組織が出来そうだ。あっちもしばらくは、進出せずに様子を見た方がいいかもしねぇぜ? まあ、ランスキーの旦那もある程度は気づいているだろうが、地元の胡散臭い商会やらが売掛金の回収を急いでいるらしくてな。近々、大きな動きがあるかもしれない」
ノストラは地元の裏社会にも近い商会連中の金の動きを察知して、それをリューに報告した。
「……ノストラらしい気づき方だね。──確かにそっち系の商会が売掛の回収を急ぐなんて、珍しいことかもしれない……。下手に目立つような大きな動きをしたら役人に怪しまれるからね。このことはランスキーにも改めて伝えておいて」
「すでに連絡してあるから、ランスキーの旦那も今頃、調査の為に人を出していると思うぜ」
ノストラは仕事の速さをアピールすると、馬車に乗り込み仕事に戻っていく。
「うちの部下達は有能で助かるよね」
リューは頼もしい部下達の早い仕事ぶりが嬉しくなった。
「ふふふっ。上がしっかりしているからよ。それにしても他に比べたら、東部方面の『屍』残党のまとまりは遅かったわね。まあ、他が早すぎたというのはあると思うけど」
リーンは『
「うーん……。『屍人会』は、エラインダー公爵の莫大な資金を背景に設立しているからあの速度だったんだろうね。『亡屍会』は『屍』の幽霊商会が動かしていた資金を元に立ち上げたみたいだし。『屍黒』もその一部を保有していたから早かった感じはするかな。──そうなると東部も『屍黒』と同じ動きかな。それだとエラインダー公爵系の組織ではないだろうから、まだ、安心かもしれない」
さすがのリューも王都裏社会を全包囲するように大きな組織の乱立は怖いところであったから、それがエラインダー公爵系列なのかどうかは一番気になるところなのだ。
「『屍人会』はエラインダー公爵直系、『亡屍会』は間接的ながら影響はあると予想。そして、『屍黒』はその範囲外って感じね。東部方面地域も『屍黒』系の組織が生まれるとうちに宣戦布告してくるのかしら?」
リーンは『屍』から生まれた新組織を分析して、怖いことを最後に言う。
「その可能性があるから、『屍黒』との抗争は早めに決着をつけて、次に備えたいところだよね……。でも、その前に、新たな組織ができそう……」
リューの一番の心配もそこだったから、この展開には安堵できない。
「私達はやれることをやらない、という状況が一番の問題になるけど、今のミナトミュラー家は全てやれていると思うわよ。──さあ、リュー。私達もやれることをやりましょう!」
リーンがリューを励ますように、手を引っ張って馬車に乗り込もうとする。
「何をやるのさ?」
「腹ごしらえに決まっているじゃない。お腹が空いては何もできないでしょ!」
リーンが真面目な顔でそう言うものだから、リューは思わず吹き出してしまう。
「はははっ、そうだったね。──じゃあ、スード君も早く乗って。──御者さん、マイスタ内のラーメン屋さんまでお願い!」
リューは笑顔になると、ラーメン屋の新メニューを試食するべく、お店に向かうのであった。
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