第672話 午後公演ですが何か?

 午前の学園祭、各学年の出し物は外部からのお客さんにも好評で、例年通りの人気であった。


 その中でも王女クラスの演劇は、主演のイバルとリズ王女の演技力が実に見事であったので、入場料が取られるにもかかわらず、午前の公演は満員御礼だった。


 高い値段を付けた特別席も予約で埋まっていたし、午後の部の一般席も完売しそうである。


 それに、飲み物と軽食を頂きながら優雅に鑑賞できるということで、自国の王女の演技を観る為に貴族を中心に人気だ。


 一般席も午後公演はまだ数時間後だというのに、早くに席を取って待機している者もいる。


「これは、一般席の一部を潰したほうが良いかもね」


 緑の全身タイツ姿のリューが舞台裏で全席の管理をするラーシュにそう告げる。


「席を潰す? 潰すどころか増やしたいくらいですよ?」


 ラーシュはリューの言っている意味が分からずにそう答える。


「その為にだよ。一般席の一部を潰して、そこを丸々立見席にするんだ。そうすれば、その分、人が沢山入れると思うよ」


 リューはこの世界ではない発想の提案をした。


「立見席……。確かに椅子がない分、場所を取らずに多くの人が観賞できますね……。わかりました、担当のみんなと今から一部の一般席の撤去を始めます!」


 ラーシュはそう言うと、昼休憩もそこそこにクラスの生徒達に声を掛け、リューの提案をみんなに伝えるのであった。


「相変わらず突拍子もないことを考えつくもんだぜ。でも、その格好だから締まらないけどな。はははっ!」


 ランスがリューの緑の全身タイツ姿を茶化しながら褒める。


「主はどんな姿でも素晴らしいですよ」


 護衛役であるクラスメイト、スードが神父姿でリューをフォローした。


「それよりもみんなで、協力して一般席の一部撤去は手伝った方がいいよ。ホール内はすでに一部前列にはお客さんが入っているからごちゃごちゃしているし、固定している椅子の取り外しをみんなでやって、それを僕がマジック収納で回収すればすぐ終わると思う」


 リューがそう言って立ち上がると、舞台裏からホール内に出ていく。


 そうすると、サンドイッチを食べていたリーンも手にしていた一欠けらを慌てて口に放り込みリューの後を追いかけていく。


 リューの急遽の思いつきながらクラスが一つになると、昼休憩の短時間で演劇ホール内の一般席を一部、立見席へと変更することができた。


 こうして、準備を行うと、いよいよ午後の公演を控えるのであった。



「凄い客入りだな」


 一年生の勇者エクス・カリバール男爵は、リューからあらかじめ貰っていた特別席のチケットを、スタッフに見せて奥に通してもらいながら、その多さに驚いていた。


 特別席は、ホール内の左右にある一般席を見下ろせる個室になっており、待機しているスタッフに注文すれば、飲食をしながら鑑賞できるようになっている。


「一般席どころかその後ろの立ち見席? ってところもぎゅうぎゅう詰めだな」


 ルーク・サムスギン辺境伯子息が下を覗き見ながら、呆れたように言う。


「リュー先輩にチケットを貰っていなかったら、私達もあの中にいたかもしれないんだから、感謝しないといけないわ」


 エミリー・オチメラルダ公爵令嬢が、立見席で人混みにまみれることがなくて良かったと安堵する。


「……うん」


 レオーナ・ライハート伯爵令嬢もその言葉に同意とばかりに頷く。


「とりあえず、飲み物を頼んでおこう。もうすぐ始まるみたいだし」


 勇者エクスはそう言うと、スタッフを呼び、四人の飲み物を注文して開演を楽しみにするのであった。



 午後の公演である『ロミロウとジュリアンナ』の劇が開演となる。


 前半は午前の部と同様、主演のイバルとリズ王女の演技力が見事で、観客からも二人に対して声援が上がる程であった。


 勇者エクス達も知っている悲劇であったが、役者顔負けの演技に物語に引き込まれる。


 そんな中、午前の公演同様、主役達の演技の脇で妙な存在感を発揮していたのが、リュー、リーン、イエラ・フォレスの草役ABCだ。


 三人は全身緑のタイツに草の被り物をして、風に揺られる演技をし続けている。


 勇者エクス達は当初、きっとこの成績優秀な上位三人がやる草役だから何か意味があるに違いないと、主人公の演技の次に注目していたのだが、後半に差し掛かるところでようやく、本当にただの草役であることに薄々気づき始めていた。


「……なんて贅沢な使い方をするんだ……。僕が本気で挑んで相手にされなかったあのリュー先輩だぞ?」


 勇者エクスは知らない。


 形態模写は人目を惹くほどうまいのに、台詞をしゃべらせたら大根役者だということを……。


 そんな事実を知らない勇者エクス達であったが、劇の終盤に入って役者の台詞が普段知っているものでなくなっているのに気づいた。


「あれ? ジュリアンナの台詞が……」


「いや、待てロミロウもだ」


「あまりに自然な流れだから気づかなかったが、物語が変化しているぞ?」


 観客は演技に惹きつけられていたことで、途中から話が違う方向に変化していることに気づくのが遅れた。


 普段知っている悲劇が、途中の二人の選択の変化で少しずつ違う結末に向かっているのに一人、二人と観客も気づき始めてざわつく。


「……もしかしてこれは?」


「ああ……、誰もが心の底で考えていた結末……」


「自殺回避のハッピーエンド……!」


 観客はあまりに自然な形で大どんでん返しが終盤で起きたことに手に汗を握りながら歓喜の声を上げた。


 長い間、王都の演劇界では悲劇として扱われてきたものをまさかの新喜劇に台本を書き変えていたのだ。


 確かに、午後の公演は午前のものとは結末が違う、と謳っていたが、こんな大胆な結末にすると思っていなかった観客はその出来栄えに、感動した。


 そして、二人が見事駆け落ちを成功させ、両家の争いも二人の策で無事回避するというエンディングに拍手喝采が起こる。


「素晴らしい!」


「まさか、午前にいつもの悲劇を見せ、午後公演でそれをもしもな展開で新喜劇にしてしまうとは見事!」


「これは王都の演劇界に衝撃が走るぞ!」


 舞台が終わり、役者全員がカーテンコールを行うと、客席は総立ちで拍手が再度巻き起こる。


 役者全員に対して惜しみない称賛が送られたし、その台本の出来も絶賛された。


 そして、ちょっとした茶々を入れる形で草役のリュー達の演技が褒められると、そこかしこで笑いが起こるのであった。


 こうして、王女クラスの出し物である演目、『ロミロウとジュリアンナ』は悲劇と新喜劇がセットで高い評価を受けることになった。


 そして、この新喜劇となった台本は、原案リュー・ミナトミュラー、著作イッセン(リューの部下の芸術家)の作品として王都演劇界の新たに注目されることとなり、旋風を巻き起こすことになるのであるが、それはまた別のお話である。


 ちなみに、エマ王女一行は、編入したばかりで勝手がわからなかったので、元からクラスを仕切っていたマキダールの提案に乗り、二年連続執事、メイド喫茶を行ったのだが、これがエマ王女の美貌とかわいいアリス・サイジョー、宰相の子息サイムス・サイエンに海軍総帥の子息シン・ガーシップ、そして、リューの新たな部下ノーマンなどのイケメン達のお陰で成功を収めたのであった。


 だが、リズ王女クラスの舞台に話題を取られた形であったことも確かである。


 しかし、エマ王女一行は初めての体験だったらしく十分楽しんだ様子であった。

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