第671話 全力の演技ですが何か?

『ロミロウとジュリアンナ』は、悲劇として王都の演劇界では有名な演目である。


 学生の出し物としては初心者向けのものであるが、だからこそ違いを見せようと思えば、演技がものを言うところだろう。


 幸いリズ王女クラスのこの公演は、主演のイバルとリズ王女の演技が素晴らしかったので良い出だしを見せていた。


 ロミロウ役のイバルは敵対貴族の令嬢に恋焦がれる悲劇の貴族令息を見事に演じ、リズ王女もその相手役であるジュリアンナ役を自然な演技で魅せている。


 二人は出会いから両家の争いの間に挟まれた叶わぬ恋に胸を痛め、両家が仲直りできるように奮闘するのが序盤なのだが、時折舞台の端に佇む草役の三人が息の合った動きで風に揺られる描写を演じていた。


「……あの草役、妙にリアルな動きしているから、そっちに意識を持っていかれるんだが?」


「お前もか……。俺もスタイルの良さとその演技力に、つい視線がそっちにいっちまう」


「それも息の合った動きが、観ていて飽きないんだよなぁ……」


「「「でも、気が散る……」」」


 観客はリュー、リーン、イエラ・フォレスが演じる草役をみんな主人公二人の演技を観つつも、チラチラと気にしてしまうのであった。


 物語は、両家の間を取り持とうとする二人の努力もむなしく、抗争に突入。


 二人は家を出て駆け落ちする決意をする。


 そして、終盤。


 ロミロウ(イバル)は駆け落ちの為、仮死状態になる薬を飲んで死を偽装するのだが、そのことを上手く伝えられていなかったジュリアンナ(リズ王女)は、ロミロウが死んだと思い込み、ショックのあまり毒を飲んで死んでしまう。


 仮死状態から目覚めたロミロウは傍で死んでいるジュリアンナを観て自分のせいで失ったことを知ると後を追うようにその手に握られていた残りの毒をあおって死んでしまうのであった。


 これがこの物語の結末であるが、観終わって拍手を送る観客に対して、


「「「午後からの公演は、結末が変わるのでお楽しみに(なのじゃ)!」」」


 という草役の三人リュー、リーン、イエラ・フォレスが伝える。


 これには、終始目立っていた草役三人の言葉に観客も「?」となるのであったが、結末が変わるということで午後からも楽しみにするのであった。



「リュー、リーン、イエラさん! 草役がそんなに目立ってどうするのさ!」


 今回の舞台監督であるナジンが、午前の部の終了後、すぐに三人を並ばせて説教を行っていた。


「ナジン君。僕達は草を表現することに全力を尽くしただけだよ?」


 リューが草役とは思えない爽やかな汗をかきながら答える。


「第一、草役がなんでそんなに汗をかいているんだよ!」


 ナジンは三人が主役級の汗をかいていることを指摘した。


「ちょっと、ナジン! 私達の演技を観ていなかったの? 私達三人は見事に草を演じきったのよ? 褒められこそすれ、注意されるいわれはないわ」


 リーンがリューとイエラを代表してナジンに言い返す。


「……監督の自分がなぜ草役に怒られているんだ?」


 ナジンは白目を剥いてため息をつくのであったが、まだ、午後公演が残っているから切り替えるしかない。


「三人共、午後公演はリューのオリジナル台本でお話が変更されているから、他の演者も自分の役に集中したいはず。だから、あまりやり過ぎないでくれよ?」


 ナジンは監督として最後の忠告を行うと、主人公役であるイバルとリズ王女と最終打ち合わせの為、その場を離れるのであった。


「怒られちゃったね」


 リューは苦笑するが、やり切った感はあるから満足そうだ。


「みんな自分の演技に全力なんだから、大丈夫じゃない? 私はリューと同じ草役で満足しているわよ」


 リーンはそう言うと、本当に満足な笑みを浮かべる。


「我がまさか草の気持ちを感じることになるとは思わなんだ。だが、悪くない……」


 イエラ・フォレスは黄龍フォレスの分身体であるから、元は高位のドラゴンだ。


 だが、だからこそ、普段気にもかけない草の役を経験したことは多少なりに楽しかったようだ。


「それじゃあ、午後公演も『草役』に全力を注ぐよ!」


「「おう!」」


 リューの掛け声に、リーンとイエラ・フォレスは気合の返事をするのであった。



 リズ王女クラスの『ロミロウとジュリアンナ』の午前の公演は満員御礼で大好評であった。


 イバルとリズ王女の演技はとても上手で、誰もが知るこの演目だからこそ、その演技力が光るものとなった。


 そして、その中で話題になったのだが、やはり、『草役』三人衆である。


 見慣れている悲劇のはずが、草役三人が終始迫真の全力演技だったので、観客は最初こそこの三人の演技を笑っていたのだが、後半はこの物語上の緊張(悲劇)と緩和(草役のシュールさ)に感心する方向になっていたのだ。


「午後の公演は話が変更されるらしいけど、草役はまたあの三人なのかな?」


「その三人が最後、お楽しみにって言ってたし、また、出るんじゃないか?」


「俺は、三人を見る為に午後公演も観るぞ。はははっ!」


 という具合に、ちょっとしたファンができることになるのであった。



「午前の公演観れなかったんだけど、先輩達の『草役』って、どういう意味かな?」


 一年生の勇者エクス達は、二年生の舞台のチラシを見て、首を傾げていた。


「さあ? リュー先輩、リーン先輩が演じるくらいだから、何か重要な役なのではないかしら?」


 エミリー・オチメラルダ公爵令嬢が、チラシを後ろから覗き込みながら、そう推察する。


「……『草役』……か。だが、演目は、定番の『ロミロウとジュリアンナ』だよな?俺はよく知っているが、そこに『草役』なんてなかったのだがな……」


 ルーク・サムスギン辺境伯子息もエクスの後ろからチラシを覗き込んで首を傾げた。


「リーンお姉さまが演じるのなら、それは素晴らしいものだと思う……」


 レオーナ・ライハート伯爵令嬢は、まだ、リーンのことを尊敬しているので、チラシを見ることなくそう評価した。


「よくわからないが、午後公演が観れるように時間を作ろうか。着替える時間はなさそうだから、このまま観に行こう」


 勇者エクスは、執事姿でみんなにそう確認する。


「わかった。クラスのみんなに協力してもらう」


 ルークはそう言うと執事姿のまま、教室に戻っていく。


 そして、メイド姿のエミリーとレオーナも先輩達の演劇が楽しみなのか、「ギリギリまで頑張りましょう、レオーナ」「わかった」とやり取りをして教室に戻っていくのであった。


 そして、勇者エクスは、


「草……? きっとリュー先輩にとって、何か深い意味のある役に違いない……」


 と自分では及びもつかない思慮に溢れたものであるのだろうと憶測して、午後公演を楽しみにするのであった。

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