第670話 役ですが何か?
リューは学校では勉強だけでなく文化祭のクラスでの準備、そして、生徒会役員として『会計』を務めることで全体の予算管理に追われ、放課後はマイスタの街の街長、ミナトミュラー商会長、そして『竜星組』組長とそれぞれの仕事がある。
学園のこと以外はすでに幹部達によって仕事が分担されて効率化が図られており、リューの仕事はかなり楽になっているのだが、裏社会での動きが慌ただしくなっていることから、リューもさすがに余裕を持てる状況ではなかった。
放課後のマイスタの街長邸、執務室。
「あ、そうだ。若、確か明日は王立学園の文化祭ですよね?」
王都周辺の動きについて報告に来ていたランスキーが、報告終わりにそう質問する。
「若は演劇に出るんだって? ……演技の方は大丈夫なのかい?」
同じくランスキーと共に報告に来ていたルチーナが、リューの演技を心配したのか続いて聞く。
「そうなんだよね……。演劇は初めての経験だからなぁ。僕の演技でシラケるといけないからこっちも必死だよ。だからクラスの一員として全力を尽くさないといけないんだ」
リューはいたって真剣な面持ちで、机に肘をつき、どこかの機関の総司令官のように答える。
「前回の執事メイド喫茶の時は裏方として見学しましたが、今回も演劇鑑賞の特別席での軽食準備があるので俺がまた裏方の責任者として観に行かせてもらいますよ!」
ランスキーは二年連続、リューの文化祭に関われることが嬉しそうであった。
「ランスキーの旦那。そういうのは下の連中に任せればいいんだよ? ──それで、若や姐さんはどんな役をするんだい?」
ルチーナは忙しいランスキーがリューの文化祭に二年連続参加することに呆れるのであったが、自身もリューの役柄が気になるのか質問した。
「草」
「「……え?」」
「草役A」
「「──ええぇ!?」」
ランスキーとルチーナは、リューがまさかの端役だったので、驚く。
「ちなみに私も草役Bよ?」
リーンが、二人の驚きを無視してしれっと答える。
「「ええ!? 姐さんも!?」」
ミナトミュラー家の家長とそのナンバー2が、揃って草役とは思わなかったので、ランスキーとルチーナは立て続けに驚いた。
「あ、それと、うちの守護神・黄龍フォレス様の分身体であるイエラ・フォレスさんも草役Cね?」
「「!?」」
これには連続で驚き過ぎたランスキーとルチーナも三度目は声が出ない。
「リューが草役Aになったから、私も草役Bに立候補したんだけどね? なぜかイエラ・フォレスも、私達がやるなら草役Cがいいと立候補したのよ」
まさか端役が立候補で埋まるという当時の驚きの様子をリーンはおかしそうに伝えた。
「学年の成績上位三人が草役って……、何の演劇をするんだい? もしかして草が主人公の斬新なお話なのかしら?」
ルチーナが固定概念を壊されそうになって、思わず疑問を口にする。
「演目は『ロミロウとジュリアンナ』だよ。王都ではよくある題材なんでしょ?」
リューは楽しそうに答える。
「……若達を主人公にせずに端役の草に使用するとは、なんて贅沢な使い方をするんだ……」
ランスキーも演目を聞いて本当にただの草だとわかり、呆れずにはいられない。
「出番は多いけど、台詞はないんだよね。僕達はその一瞬一瞬に全力を注ぐつもりだよ!」
リューはとても前向きに答えた。
リューにとって、演劇は前世で縁は無く、出たことも観たこともなかったのだが、話には聞いたことがあったから、楽しみにしているのは事実である。
それに、ここまで練習してクラスでは一体感が生まれ、リュー自身もやりがいを感じていた。
「そういうわけだから。リューが全力を注ぐ以上、私も全力で草を演じるわ」
リーンもリューの真剣さに影響されたのか恥ずかしがる様子もなく応じる。
「……わかりました! 俺も当日、舞台裏から全力で応援しますよ!」
ランスキーも二人の真剣な様子に冗談ではないとわかり、応援を誓う。
「ちょっと旦那。旦那が、草役が目立つような応援をしては、若が恥をかくから駄目だって」
ルチーナが当日の状況を想像してそれを止める。
「そうか?」
ランスキーは冷静なルチーナに水を差されて、少し不満顔になるのであったが、思い止まってくれるようであった。
「初めての演劇だから明日は絶対成功させるよ!」
リューは改めて気合いを入れると、明日の文化祭を楽しみにするのであった。
王立学園文化祭当日の朝。
学園前の校門には、すでに文化祭を楽しみにしていた他所の学校の生徒や関係者などが並んで待機していた。
すでに教室入りしているリュー達は、準備の為に忙しく動き回っている。
なにしろ、午前に一公演、午後からさらに一公演と二回やることになっているから、準備も念入りにしていた。
「去年以上の行列ができているね。みんな、今日は舞台を必ず成功させるよ!」
真剣なリューは、緑色の全身タイツに身を包み、草の形をした被り物を手にしている。
「リュー、その格好で真剣に言われると笑わせようとしているようにしか見えないから!」
衛兵の恰好をしたランスが笑いながらツッコミを入れる。
「ちょっと、ランス。リューも私達も真剣なんだから茶々を入れないで」
リーンも緑の全身タイツでランスに抗議した。
「我は二人の真似をしているだけなのだがのう……」
イエラ・フォレスも全身タイツでそう答える。
リーンとイエラ・フォレスに関してはそのスタイルの良さから、色っぽさも感じるところではあるが、それは流石にランスも指摘しない。
それにみんな、自分の役の台詞の練習だったり、食事の提供担当、楽団の管理担当、舞台会場への案内担当など各自役目があったので、草役の三人に注目ばかりしているわけにはいかないのであった。
こうして、時間が来ると、校門から外部のお客達が入場し始めた。
「一時間後には、一公演目が始まるから、みんなトイレは今のうちに済ませておいて」
舞台監督であるナジンが役者全員に指示を出す。
「はい!(おう!)」
こうして、リュー達のクラスの『ロミロウとジュリアンナ』の公演の時間が迫るのであった。
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