第668話 忙しくなっていますが何か?

 文化祭の準備が順調に進んでいる中、リューは仕事面で忙しくしていた。


 まず、表の仕事として現在、ミナトミュラー商会は、飲食業でラーメン屋、海外ではおにぎり屋を展開しているのだが、新たなお店を展開しようかと構想を練っている。


 ただ、それがうまくいくかどうかで悩んでいるのである。


 リューにしては珍しいことではあったが、試験的に仮店舗を開いて様子を窺うことにした。


 そして、心配は当たってしまう。


 なんと、お客が怖がって入店さえしてくれないのだ。


 これにはリューも前世でも想像がつかない反応なので対応に困っていた。


 仮店舗前でお客が入っていないことを確認したリューは、


「食べてくれれば、美味しいと言われる自信はあるのになぁ。これは、方向性を変えた方がいいのかもしれない……」


 とため息混じりに悩みを口にする。


「リズやランス達は気に入ってくれたのに難しいわね。やっぱり、海とは無縁の王都で生ものはお客も想像できないのかしら?」


 リーンはリュー同様に、食べてくれれば人気が出ると思っていたが、お客の口に入るまでの過程が想像以上に難しいことに頭を悩ませた。


 そう、リューは王都に海の幸が食べられるお店を開店しようと目論んでいたのである。


 しかし、生ものへの抵抗感は強く、近くで取れる川魚を焼いて食べることくらいしか魚を食べる習慣のない王都民に、それを生で食べてもらうのは難しい状態であった。


「そうだね……。やはり、海の幸はあまり美味しくない塩漬けが定番だし、王都ではどちらかというと珍味扱いの食べ物だからね。生で食べるのは野蛮という意識が強いこともあるし、難しいのかもしれない……。──仕方ない。後々他で展開するつもりでいたのだけど……、『天ぷら屋』に変更しようかな?」


「テンプラヤ?」


 王都における海の幸の扱いを考えて、リューが聞き慣れない言葉を口にしたので、リーンが聞き返す。


「うん。生で食べてもらう前に、まずは海の幸が美味しいことを知ってもらう必要性があるかなって。天ぷらは火を通しているから、王都の人も抵抗感は薄れると思うんだ」


 リューはそう考えると、お客が入っていない試験的なお店『海鮮屋』に入っていく。


「いらっしゃいませ! ……って、オーナーじゃないですか! 今日はどうしました?」


 店長が元気よく接客に来たが、相手がリューとわかって嬉しそうに応じる。


「今から試作を始めるから閉店して。料理長を呼んでくれるかな?」


「は、はい! ──料理長! オーナーがお呼びです!」


 リューの真面目な雰囲気に店長もただ事ではないと思ったのだろう、指示に従う。


 奥では客が来ないので、暇を持て余していた料理長がうつらうつらとしていたが、オーナーという言葉にすぐに目が覚め表に出てきた。


「若と姐さん!? ど、どうなされました?」


 料理長はリューの予約なしの訪問に驚きを隠せない。


「料理長、今から、試作品作りをするから手伝って。──小麦粉と卵、あと水を用意して。ごま油はあるよね?」


「へい! 他の料理用に準備してあるのですぐに用意できます!」


 料理長にとってリューは絶対的主であったから、疑問を持つということはなく、言われるがまま店員達にも指示して準備を始めるのであった。



「それでは、用意したものに海老を潜らせて……。あとはごま油に入れる。そして、具材が油の表面にプカプカと浮いてきて、きつね色に変化したら上げ時だったはず……。あと、油に入れたときに出ていた大きな泡が小さな泡になり、たくさん出てきたら中まで火が通ったサインだからそれも注意して」


 リューは料理長に教えるように、まずは手本とばかりにやってみせる。


 もちろん、リューは職人ではないが、前世で料理をすることもあったから、多少の経験と知識もあったので、そのくらいは教えられた。


「小麦粉をまぶして揚げる料理はありますが、このやり方は初めて見ます……」


 料理長は何も見逃さないように、リューの指示を聞きながらその手元を凝視している。


「うん、その改良版が天ぷらだからね。──よし、火が通ったみたいだ。上げるよ」


 リューは天ぷらが揚がるのを凝視しながら答えると、ここぞとばかりのタイミングを計って天ぷらを上げた。


 きつね色に揚がった海老の天ぷらを料理長の前のご飯の入ったお椀の上に置く。


「本当は天つゆをかけて天丼にするところだけど、今回は急遽だからそのまま味わってみて」


 リューがそう言うと、料理長は王都では珍しいがすでに慣れているお箸を使って天ぷらを口に運んだ。


「!」


 料理長は食べるのは止めないが、目を大きく見開き、リューに視線を向ける。


 それは驚きと、美味しさに感動するものであることはその目が十分語っていた。


「へへへっ、美味しいでしょ?」


 リューが満足げに料理長に聞く。


 料理長は、ごくりと口の中のものを飲み込むと、


「素晴らしいです、若! シンプルですが、サクサクした衣と中の海老の食感がとても良くて美味しいですよ!」


「揚げ方はもちろんだけど、天ぷらは海の幸だけでなく、季節の野菜なんかも美味しく頂けるから、天つゆの開発も併せて、色々試行錯誤してくれるかい?」


 リューは料理長に伝えたいことは全て話した。


「もちろんです! それで、その天つゆというのはどういったものを使用するので?」


「それはね──」


 リューは料理長に材料について説明し、作り方を教える。


 天つゆには、出し汁、醤油、みりんが必要なのだが、これらはすでに揃っていた。


 醤油はもう、ファイ島やノーエランド王国に対して出荷しているし、みりんも酒造部門でお酒を造る過程の産物としてすでに作られている。


 リューはそれらを把握していたから、すぐに対応できたのであった。


「リュー! ──私の分は?」


 リーンが天ぷらを食べたくて、リューと料理長の話の中に割って入る。


「あ、ごめん! すぐ揚げるからちょっと待って!」


 リューは笑って応じると、リーンの為に海老天だけでなく他の海鮮の天ぷらも作り始めるのであった。

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