第667話 楽しんでいますが何か?
リュー達のクラスは文化祭で演劇を催すことになったが、色々と変更が行われた。
演目は『ロミロウとジュリアンナ』、前世でいうところのロミオとジュリエットに近い悲劇だが、王都では有名な定番劇なのでこれは問題はないだろう。
問題だったのは主役のロミロウ役であるリューの演技の大根ぶりだったことだろう。
すぐに今回の劇の監督に選ばれたナジンがリューをクビにして、新たな主役を立てることになった。
それがイバルである。
当初、イバルはやるつもりなど全くなかったのだが、元エラインダー公爵家の嫡男だけあって演劇についての素養もあり詳しかったことから、ナジンが試しにランスらと共に演技をさせてみたところ、上手だったので抜擢した形だ。
「よく考えると、イバルは王族の血も流れているし、ヒロイン役のリズの相手としては十分なんだよな」
ランスがもっともな指摘をする。
「俺は今やコートナイン男爵家の養子だぞ? 相応しくはないさ。──まあ、リューの演技を観てしまうと、部下である俺が何とかしないといけないとは思ったから断るつもりもないが……」
イバルは苦笑いするとそう答えた。
「ちょっと、イバル。リューの演技は今はあれだけど……、磨けば少しはマシになるはずよ?」
リーンが大したフォローにならないことを言う。
「……それを待ってる暇はないからね?」
シズが厳しいツッコミを入れる。
「僕の演技について、これ以上は触れないで……。一番僕がびっくりしているんだから!」
リューは演技の下手さで友人達の話題になるのが辛いのか、顔を引き攣らせるのであった。
こうして、クラスでの練習が始まった。
リューは努力の人であるが、台詞のある演技にはその才能がなかったようだ。
社交ダンスももとが苦手だったことを考えると、いくら『器用貧乏』スキル持ちでも努力していない分、芸術面にはあまり期待できないのかもしれない。
「でも、リュー君のお陰で良い台本出来たのだから、感謝しないと」
リューへの感謝を言葉にしてリズ王女がフォローに入る。
「そ、そうですよ! リュー君は台詞無しの演技は上手なわけですし」
兎人族でリューの部下の一人であるラーシュがリズ王女に賛同するように頷く。
「主の『草役A』は、見事ですよ! 風に揺られる具合とか!」
スードもフォローのつもりか具体的な例を口にした。
そう、リューは主役降板後、『通行人役C』の台詞がある役を監督ナジンの温情で割り当てられたのだが、そこでも一人だけ棒台詞で悪目立ちしたので、台詞の無い『草役A』に再変更されていたのである。
だが、スードの言う通り、努力の人リューは、『草役A』を練習から全力で演じていたので、クラスメイトからの評価は高い。
「うーん……、リュー。一人だけ草の演技に迫力があり過ぎて主役より目立っているから、控えめにしてもらえるかな?」
そこで監督ナジンが、元も子もないお願いをする。
「ちょっと、ナジン! リューの活躍の場を奪わないでよ!」
もはや、親目線に近いリーンが、ナジンのお願いに対して反論する。
「大丈夫だよ、リーン。監督の言葉は絶対だよ。──わかりました、監督!」
リューはそう応じると、先程より落ち着いた演技を始める。
それでも、その形態模写にはあまりにも迫力があるのであったが、一生懸命さが伝わってくるので、これ以上の指摘は監督ナジンも控えるのであった。
こうして、文化祭に向けて、クラスの出し物である演劇の練習は順調に進む。
そして、当日着る衣装もリューのところの職人さん達の協力で仕上がり、衣装合わせが行われる。
主役であるイバル、リズ王女の二人は豪華な衣装がとても似合っていた。
やはり、血筋だろか? クラスのみんなもこの二人の華やかさには感服する。
これにはリューも役を譲って? 良かったと満足した。
「やっぱり、イバル君は絵になるね! 僕は、それを引き立たせる為に脇役として全力を尽くすよ!」
リューはすでに台詞さえなければ評価される演技ができることにこの数日で自信を付けていたから、衣装合わせでは緑色の全身タイツと頭に被る草を装着して意気込みを語る。
「……リュー君、全力出すと監督からまた、注意されるよ」
シズがそこでまた、ツッコミを入れた。
「そうだった……。演じるんじゃない。自然を感じて草になるんだ、僕!」
リューはそう言うと衣装を着たまま教室の隅に行くと、リーンとスードを相手に練習を繰り返す。
「いつも思うけど、リューってどこか達観しているところがある割に、学園行事に関して楽しむ為に全力だよな。──まあ、楽しいのが伝わってくるから、こっちも影響受けるんだけどさ」
ランスが衛兵の衣装を試着しながら、イバルに話を振る。
「リューが言うには、初めてのことばかりだから楽しいって言ってたな。それはみんなも同じなんだけどな?」
イバルは友人であり上司でもあるリューの不思議な人間性について感想を漏らす。
リューにとって前世の子供時代には、ろくに経験しなかったことばかりだから楽しいのは事実だろう。
リューは子供の肉体に引っ張られて童心に戻ると共に、前世の不良として暴れた学生時代の経験の数々から、天邪鬼に振舞うのでなく、素直に楽しむことの重要性をしっかり理解していたのかもしれない。
それに、今は友人達に恵まれていることもあるだろう。
リューは今年の文化祭も成功の為に全力を尽くしているのであった。
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