第661話 どちらかの死ですが何か?

 王都の東に位置するワーナーの街。


 すでに日が沈み、街の街灯を灯す作業員が現れない程、街内は『黒炎の羊』と『屍』の抗争が激化して住人達は家の中に閉じこもっている。


 灯りが見える通りは両者が衝突している現場か、どちらかの勢力の集結場所である可能性が高かったから、近くの住人達は息を殺して室内に潜むしかない。


 そんな危険極まりない夜の街を裏道をすり抜けていく集団があった。


 それが、リューとリーンが密かに追跡している謎の集団である。


 二人の予想では『屍』の実際のボスであるバンスカーの特別な部隊だろうと考えていた。


 リーンの優秀な索敵能力をもってしても、その集団のはっきりとした探知は難しいことから、索敵能力を阻害する能力持ちが敵にはいるようである。


「……動きはどう?」


 リーンを先頭にして追跡しながら、リューが確認した。


「乱れることなく正確な動きをしているわ。うちの部下といい勝負かもしれない」


 リーンが敵を褒めるというのは滅多にないから、余程の動きのようだ。


 確かにここまで移動が速く、リューの部下でなかったら、遅れる者もいたかもしれない。


 現在、リューとリーンはワーナーの街に潜入させている部下の一部を集結させ、この謎の集団を後背から追跡していた。その数は二十、敵と比べたら少人数だがこのくらいいれば、相手を殲滅できるだろうとリューは考えていた。


 敵はまさか追われていると思っていないのか目的地まで路地裏を複雑に移動し続けている。


「……止まったみたい。狙いはやっぱり、あの屋敷かしら? あそこは『黒炎の羊』のドーパーが潜んでいる可能性が高いところよね?」


 リーンが疾駆する全員を手で止めると部下の一人に確認するように聞く。


「……へい。今のところ、うちの追跡も煙に巻いてこの街のどこかに潜んでいますが、候補の一つがあそこです」


 部下もリューとリーンにのみ聞こえるように、小さな声で応じた。


「みんなはここで待機。僕とリーンが混乱の中突入してあの精鋭集団の数を減らすからみんなは逃げる連中を仕留めて」


 リューとリーンはフード付きコートにマスクで顔を隠す念の入れようだから、バンスカーを仕留めるまでは油断する気はない。


 部下達はリューとリーンの命令だから反対することなく頷く。


 そして、数分後。


「……奴らが屋敷に突入したわ」


 というリーンの言葉と共に屋敷の数か所で窓が割れる音がする。


 扉も蹴破られ、室内から怒号が響く。


 リューとリーンは頷いて自分達も続こうとした時であった。


 屋敷の屋根付近から、照明弾が一つ上がる。


「あれって、うちが軍に卸している商品だよね?」


 リューが照明弾を見てリーンに確認した時である。


 周辺に伏せていたと思われる『黒炎の羊』の手下達がその合図と共に民家から続々と飛び出して屋敷に向かっていくのがわかった。


「おっと、これは、『黒炎の羊』のボス・ドーパーの罠か。……リーンもう少し様子を見よう」


 リューは『黒炎の羊』側が伏せさせていた手下の数が意外に多そうだったので、少し躊躇って突入を中止した。


 屋敷では、怒号がずっと響いているが悲鳴も上がっている。


 どうやら、両者は泥沼の殺し合いに突入したようだ。


 精鋭であろうバンスカーの特別部隊と地の利と数で勝る『黒炎の羊』の戦いはその後、一時間程続く。


 そして、また、頭上に二度目の照明弾が上がった。


 今度も、最初と同じ光の照明弾だが、二発である。


 これは、緊急事態を示すものだ。


 きっと、『黒炎の羊』が不利に立たされて、援軍を求めているということだろう。


「よし、そろそろ行こうか」


 リューは両者の損耗が激しいだろうタイミングでリーンに声を掛けた。


「もう、待ちわびたわよ、リュー。早く、向かいましょう」


 リーンはリューの一声で、立ち上がると二人で屋敷へと突入すべく、リューに続いて駆けるのであった。



 屋敷内は魔法の使用もあったのか滅茶苦茶な状態になっていた。


 扉という扉は破壊され、壁には無数の傷や焦げた跡が無数にあり、当然ながら血痕が飛び散っている。そして、床は土魔法を使用したのだろう穴がボコボコと開いている。


 室内からは未だに怒号や悲鳴、うめき声が上がっていた。


 リューとリーンはその中を堂々と歩いていくと、死体がいくつも転がっていたので、それを跨いで奥に進む。


「リュー、どうやら本命は地下室で戦っているみたいよ」


 優秀な索敵能力でリーンがそう知らせる。


「地下か。それは都合がいいね」


 リューは逃げる場所が限定されると考えて答えた。


 そして、地下室への階段を確保している連中と鉢合わせする。


「子供……?」


 背の高さとシルエットからリューとリーンが子供だと思って一瞬、意表を突かれた様子であったが、リューとリーンが無言でその四人に迫ると『異世雷光いせのらいこう』と『風鳴異太刀かざなりのいたち』を握る二人に一瞬で切り捨てられた。


「……リーン、この二人……。近衛騎士団の人じゃない?」


 リューがそう指摘する。


「……本当だわ。宰相位ショーギ大会(王城傍での大会)で護衛任務についていた連中ね?」


 リーンも顔を覚えていたのかリューに頷く。


「バンスカーの近衛騎士隊長時代の部下ということか。今も現役の部下だったんだね。道理で腕が立ちそうだと感じたわけだよ」


 リューが捕縛することなく問答無用で敵を切り捨てたのは実力のある相手だと気配で判断したからだったのだ。


「本当に腕利きを揃えてきたわけね」


 リーンもリューと同じことを感じていたから、刀の血のりを洗浄魔法で消すと鞘に納める。


「下でも戦闘が続いているみたいだ。僕達も行こう」


 リューは頷くと階段を下りていくのであった。



 地下室はかなり広い部屋があり、そこには死体がいくつも重なっていた。


 戦闘の音はその奥の壁の向こうから聞こえており、どうやら隠し部屋があるようだ。


「こんな隠し部屋の報告は聞いてなかったんだけど?」


 リューは呆れながら、壁にある燭台の一つを手前に引く。


 すると壁の一部が、どんでん返しと呼ばれる仕組みでくるっと回る。


 その瞬間、奥からいくつかの声が聞こえてきた。


「ドーパー、もう黙って死ぬがいい。お前は調べてはいけない領域に踏み込み過ぎた」


「うるせぇ! どうせこのまま『黒炎の羊うち』を使い潰すつもりだったんだろう。それなら、その対価として報酬を頂くのは当然だろうが!」


「何を言っている? ……まあ、いい。こっちも仕事だ。──おい、やれ」


「くそっ! ただでは死なんぞ! ──ギャー!」


 断末魔の叫びが隠し階段の底から響いてくる。


「……行こうか」


 リューは隠し扉の向こうに続く階段をリーンと共に降りていくのであった。

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