第660話 夜に突入ですが何か?

 ワーナーの街での抗争は、地元住民の素早い行動もあり巻き込まれるという事件にはほとんどならずに済んでいた。


 しかし、ここで、状況が一変する。


 それが、警備隊を率いた街長の介入である。


 街長は部下に魔法の使用許可を出して、『屍』と『黒炎の羊』の制圧をすることにしたのだ。


 その為、家屋を破壊することになったりした為、被害が出はじめた。


 最初、この街長の行動も抗争中の両者には不意討ちとして効果を発揮したが、両者もただの案山子ではない。


 すぐに、抗争に水を差す街長の警備隊に反撃を行う。


 ここで、『屍』と『黒炎の羊』以外からの死傷者が出ることになった。


 当然ながら両者は抗争中で興奮状態だから、警備隊相手にも加減ができない状態になっていたからだ。


 警備隊は見る見るうちに死傷者が増えていき、奮戦する街長も、状況が圧倒的に不利なことにようやくここで気づいた。


「ま、まずいぞ! 止めに入ったこちらが、このままでは全滅してしまう……!」


 街長が、死をはじめて意識した時であった。


 警備隊長率いる部隊が、街長を囲む『屍』の集団に魔法を使用して侵入口を作って突入する。


 そして、街長のところに到着すると、負傷者を部下に担がせてそのまま反対方向に突入して囲みを突破することで脱出に成功するのであった。



「おお! 仲間を助ける為にあの集団に突入した部隊は素晴らしいね! 火魔法も民家への被害が大きくならないように、接近戦での限定的な使用で最大の結果を出し、孤立していた部隊の救出後、速やかに撤退とは」


 北の防壁で状況を確認していたリューが、隣のリーンに白熱した戦いを解説する。


「でも、結局、警備隊は大きな被害を出しただけよ? 最初に両者の抗争に突入した部隊は何がしたかったのかしら? それを救出した部隊との差が酷いわ」


 リーンは遠視系の能力でリューよりもはっきり状況が把握出来ていたので、酷評した。


「はははっ……。最初の部隊は暴走気味だったから、誰かがその尻拭いをしたんじゃない?」


 リューは変な形で知らない相手を庇うことになるのであったが、そこへ部下から報告がきた。


「『黒炎の羊』が地の利と前準備による罠の設置もあって有利に進み始めている様子です」


「へー、数で勝る『屍』が時間が経てば有利になるかと思ったのだけど、やるね。これなら、バンスカー本人の介入があるかもしれない……。──みんなには状況判断には気を付けて、と伝えておいて」


「へい!」


 リューは『黒炎の羊』の頑張りに感心しつつ、いよいよバンスカー本人の登場があるかもしれないと期待するのであった。



 夕方。


 抗争の為、街灯に明かりを入れる者も危険を感じて作業ができないまま、両者の抗争は夜に突入しようとしていた。


 街の数か所では、両者の魔法使いが『照明』魔法で周囲を照らしているのが確認できる。


 しかし、そこには当然、街灯に集まる羽虫のように両者が集結し、決戦ムードになっていく。


 灯りも点けていない北の防壁の上では、リューとリーンがバンスカーの介入がないことに溜息を吐いていた。


「いくら慎重だとはいえ、ここまで来て本人は介入してこないかぁ……。想像以上にあっちは警戒心強いね。──リーン、場所を移動しようか」


 バンスカーの動きがないことにリューも流石に呆れるのであったが、それも仕方ないかと動くことにした。


「ええ。どこに移動するの? 『黒炎の羊』ボス・ドーパーが潜んでいる地域?」


 リーンは、昼間より夜の方が明かりのお陰で両者の動きがわかりやすくなったので、こちらも移動しやすくなることを想定して大胆な提案をする。


「バンスカーが動くとしたら、ドーパーの首狙いだろうからリーンの案は間違いではないんだけど、ドーパーも動かないことを考えると、その周辺は監視体制にあると思った方がいいと思うんだよね。そこに今から近づくのは危険だと思う。……それなら、南の防壁に向かおうか」


 リューは抗争が起きている王都に近い街の西門付近の二か所と昼からずっと激しいぶつかり合いがあった中央三か所、東門付近の一か所ではなく一番衝突が少なかった南の防壁付近を提案した。


「? そこは部下にも見張らせているけど、一番、静かなところじゃない?」


 リューが争いの一番少ないところを選ぶのでリーンは疑問を口にした。


「この街は西門と東門の二か所しか出入り口がないでしょ? 両門ともうちが警戒はしているけど、相手が侵入を試みようと思ったら、北のここか南の防壁を越えてくることかなって。こっちはずっと僕達がいたけど、様子を窺う者はおろか、侵入を試みる者もいなかったから、もし南側からなら今頃、暗闇に乗じて防壁を越えて侵入するんじゃないかなと」


 リューが憶測を口にすると、リーンもハッとしたのか、南の防壁に視線を向ける。


「遠回りになるけど、東側に迂回しながら南の防壁に向かおう。ここは部下に任せておけばいいし」


 リューはそう言うと、高い防壁を恐れることなく飛び降りる。


 リーンもそれに倣うと、躊躇なく飛び降りて暗闇に消えていく。


 連絡係として傍で待機していた数名の部下達は、リューとリーンの行動にギョッとするが、二人が静かに着地して闇の街に消えていくことに呆然とする。


「さすが、若と姐さん……。怪我の心配はなさそうだ……」


 部下の一人がそうつぶやくと、北の防壁の警備についていた兵士にお金を握らせて後を追うのであった。



 リューとリーンは人の気配を避けながら、街の中を疾駆していた。


 小さい街だから、南の防壁までは二人の俊足ならあっという間であったが、何より、『竜星組』部下達が北と南の動線になる道を事前に確保していたから移動も楽である。


「うちの部下は本当に優秀だね」


 リューはそう言うとリーンと一緒に闇に潜んで手を振る部下に手を振り返して走り去っていく。


「南地区に入ったわよ。……リュー、ちょっと待って。南の防壁付近の道の辺りに微かに集団を確認できるわ。どうやら、感知阻害系の能力を使用して索敵から逃れようとしているみたいだけど、私の能力でギリギリそれがわかる感じかしら」


 リーンが、リューの横に並んでそう警告する。


「……数はどのくらい?」


「多分三十名くらい。でも、はっきりとは確認できないから、まだいるかも……」


「意外に多いなぁ……。少し、様子を見よう。多分、それがドーパーを仕留める為に送り込まれたバンスカーの隠し玉部隊のはず。もしかしたら当人が混ざっている可能性もあるけど、それを仕留めるとなったら、こちらも数を用意した方が良さそう……。──あ、追いついて来たね」


 リューはこの時を逃す気はなかったので、追いついてきた部下に数を揃えるように告げると、リーンの索敵能力にギリギリ引っかかる距離を保ってこの集団を追跡することにするのであった。

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