第659話 罠の街の戦いですが何か?

 王都の東に位置する古い防壁に囲まれた小さい街ワーナー。


 ここは主要街道からも外れ、今では廃れる一方で過疎化がかなり進んでいる。


 そんなワーナーの街に多くのよそ者が沢山入ってきていた。


 明らかにカタギとは思えない者達ということで、地元の者達は絡まれないように外出を控える生活をここのところ余儀なくされている。


 よそ者達は何かを探しているようで、昔ここに住んでいたバンスカーという名前の人物の住んでいた家や所縁のある場所を探しているようであった。


 今のところ住人には手を出す者がいなかったので安堵していたのだが、数日前からまた多くのよそ者が入ってきた。


 今度は、一見すると一般人なのだが、目がまともではない。


 今のところその人々も宿屋では大人しくしているが、日中は道路の脇でぼーっとしていることから、地元の者達は気味悪がった。


 ようやく強面の人間に慣れたと思ったところでこれだから、何かを察した一部の住人は一時的に街を出て他所に住む親兄弟、親戚、友人知人の元に避難し始めた。


 そしてある日の昼前である。


 街のいたるところで大きな笛の音が鳴り響いた。


 普段、道の脇でぼーっとしている男達が、その音を合図としていたかのように、通りを歩く強面の男達へ急に襲い掛かる。


 ぼーっとしていた男達、『屍』のメンバーは、声を上げることなく、隠し持っていたナイフを抜いて、相手を襲う。


「なんじゃ、我! それはこっちも想定済みじゃ!」


「やんのか!」


「取り押さえろ!」


 強面の男達、『黒炎の羊』は、ある程度、こうなることを予想しており、服の下に鎖帷子を着て不意の襲撃に備えていたから、多少は身を守れてすぐに反撃に出た。


 この襲撃は、町の一角に留まらず、町中で一気に起きていた。


『屍』の常とう手段である一般人に紛れての襲撃は一定の効果を生んだが、すでにその襲撃で負傷者も出している『黒炎の羊』も、ある程度の対応策は練っていたから、一方的な展開にはならずに済んでいるようだ。


それに『黒炎の羊』はこの襲撃を予想して罠も仕掛けていたので、すぐに反撃に出る。


 すでにこの騒ぎで主要な場所は『黒炎の羊』が抑えて敵が逃げられないようにしており、東西にある街の門も警備兵にお金を握らせて警戒を強めてもらっていた。


 両者の抗争は起こるべくして起こったのだが、それ以上にこうなることを察知していたのが、当然ながら『竜星組』と地元住人である。


『竜星組』はこの街に罠を仕込む決定をした時点で人を何人も潜り込ませており、住人と仲良くなっていた。


 そして、『黒炎の羊』、『屍』の両者と思われる者達が街に入ってくるとすぐに警戒していたのだ。


 地元住民にとって、よそ者はすぐにわかる。


 それに気づかないのは、よそ者当人達だけなのだ。


『竜星組』はこの時の為に、仲が良くなった住人に、自分を含めよそ者が来たら警戒するよう、冗談交じりに言うことで注意喚起していたから、住人達も大量によそ者が来た時点でそのアドバイスに従い、住人達は避難したり、両者の争いが始まると同時に戸締りをしたり、店を閉じることで、被害を最小限に抑える。


 そのあまりに手際のよい反応に、『黒炎の羊』も『屍』の連中も一瞬呆気に取られるのであったが、両者の目的は一つであった。


 敵の殲滅である。


 数でいうと『屍』が圧倒的に多かったが、『黒炎の羊』はその『屍』を罠に嵌める為に飛び道具の準備や文字通り裏通りに罠を張るなどして準備をしてきていたから、ワーナーの街内での戦いは一進一退の互角と言ってよかっただろう。


 街中での殺し合いは、激しいものであったが、住民の被害が最小限だったのが、不幸中の幸いと言えるのであった。



 そんな中、このワーナーの街の街長だけは、この事態に驚いていた。


『黒炎の羊』のボス・ドーパーには賄賂を渡され、近いうちに問題が起きるが、その時はうまく処理してくれるようにとお願いされていた。


 しかし、これほど大規模な問題とは聞いていなかったのだ。


「何がどうなっている!? 街中の一角どころか街全体で戦争状態になっているではないか!」


「ですが、街長様。今のところ住民の被害はほとんど報告されていません。それどころか介入しようとした警備兵が逆に負傷して医者のところに運ばれた報告の方が多いくらいです。ここは、住民の安全が確保されている限りは不用意に介入せず、様子を見た方がよいかもしれません」


 警備隊の隊長がそう街長に助言する。


 ちなみに、この隊長はすでに『竜星組』に買収されていた。


 と言っても、住民の安全確保の為に正しい行動がとれるように助言をして、聞き入れてくれたお礼にお酒を奢っただけであるが……。


「警備隊長、何を呑気な! ここは街長として、寄り親にも良い格好を示しておかねばならぬ! 警備隊長はここの守りを固めよ! 他の者は我に従いついてこい! ツヨーソ流剣術免許皆伝の腕を見せてくれるわ!」


 街長は意気揚々と告げると、一部の自分に近い警備兵をまとめて街長邸を飛び出す。


 警備隊長は最後まで止めるのであったが、その手を振り払われた。


「ええい、剣術と殺し合いでは全く違うというのに!」


 警備隊長は呆れるのであったが命令である、街長邸にもしものことがないよう、守りを固めることにするのであった。



「リュー、街長邸から誰か出てきたみたいよ?」


 北の防壁の上で街の様子を窺っていたフード付き外套に仮面姿のリーンが、同じような格好で傍にいるリューに知らせる。


「え? あそこは警備隊長に警告しておいたから、大丈夫なはずだけど……。誰か血気にはやっちゃったかな? 潰し合いをさせた後に捕らえれば楽なのに……」


 リューはちょっと呆れ気味にそう答えた。


「どうするの? 放置しておく?」


「助言はしておいたから、それで駄目なら自己責任かなぁ。それに、こちらもバンスカーを捕らえる為に罠を敷いている最中で不用意に部下も動かせないからね」


 リューもまさか街長自ら動くと思っていなかったので、放置することに決定する。


 こうして、『黒炎の羊』、『屍』、そして、街長の手勢が入り乱れるワーナーの街の戦いは白昼堂々続くのであった。

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