第662話 追い詰めますが何か?

 ワーナーの街、『黒炎の羊』のボス・ドーパーが自分を狙うバンスカーの組織『屍』を迎え撃つ為に潜んでいた屋敷の地下室。


 リューとリーンはその地下室にある隠し扉からさらに地下に続く階段を下りて行った。


 下にはドーパーとそれを殺そうとするバンスカーの兵隊がいるはずだ。


 リューとリーンは、足音を殺して階段を下りているが、下から上がってくる気配は感じない。


 敵も能力を発動したのか索敵阻害されてリーンもあまり敵の気配を感じるのが難しいようだ。


「リュー、この地下室、索敵系能力に引っかからないように何か仕組まれているみたい。私の能力でもほとんど感知できないわ」


 リーンはリューに警戒を促すように告げる。


「みたいだね。でも、殺気は感じ取れるから、問題ないよ」


 リューは階段を下りながら呑気な調子でそう答えた。


 そして、階段が終わる手前でリューは突然マジック収納から照明弾を取り出すと、目の前でそれを躊躇なく使用する。


 あまりに突然のことであったが、リーンはそれも一瞬で理解したのかその瞬間手をかざして照明弾の光を避けた。


 驚いたのは下で隠れて待ち受けていた敵である。


 リューのこの不意討ちの照明弾に、暗闇に慣れた敵は目をやられて思わず、「あっ!」と声を上げる者もいたから、リューは次の瞬間には気配を感じる物陰に突入して手にした『異世雷光いせのらいこう』で斬りつけていく。


 リーンも阿吽の呼吸で逆サイドに突っ込むと、狭い空間ということで『風鳴異太刀かざなりのいたち』を突きに徹して構え、敵を突き刺していった。


 迎え撃つという有利な立場のはずであった敵は、この予想外の不意討ちに掃討される。


 あっという間に、階下での戦いはリューとリーンによって制圧され、そこには死体だけが転がっているのであった。


 周囲を見渡すと、奥に続く扉は壊され、そこに向かうと、『黒炎の羊』のボス・ドーパーの遺体が転がっていた。


 他には誰もおらず、どうやらリューとリーンが階下で始末した連中で全員だったようだ。


「……変だなぁ」


 リューはリーンに言うでもなく、独り言のようにそうつぶやくと、ドーパーの遺体を跨いで奥に向かう。


 奥には壁があり、そこには壁掛けが掛かっているのだが、リューは躊躇うことなくその壁掛けを掴んでめくった。


 するとそこには扉があるではないか。


「あちゃー! これ、街の外に続く通路じゃない? 誰かここから逃げたかもしれないから追いかけないと。──でも、その前に……、そこの人、逃がさないでね?」


 リューはそう言うと、扉を開けるふりをして振り返った。


 リーンは出入り口に立っていたので、誰も出入りできない。


 室内にはリューとリーン以外ではドーパーとその部下と思われる遺体の数体以外ないはずなのだが、リーンもリューの言葉が意味するところを理解しているのか、


「わかっているわよ。そろそろ死体のフリを止めたらどうかしら?」


 と床に転がっている遺体に告げた。


 すると、遺体のうち二体がむくりと立ち上がる。


「ちっ。上手く死体役に徹していたんだがな」


「やれやれ……。素直にその扉から通路に入って逃げた奴を追っていけばいいものを……」


 死体になり切っていた二人は、気づかれても焦ることなく、そう告げる。


「そんなことしたら、後ろから僕達を襲っていたでしょ?」


 リューはこの、全く焦る様子がない二人にそう返した。


「見抜かれていたか。だが、どちらにせよ都合がいい。足止め出来ている時点でこちらの目標は達成できているからな」


 男二人はそう応じると、腰の短剣を抜いて構える。


「……つまり、この通路から逃げたのは君らのボス、バンスカーかな?」


 リューは、核心を突いた言葉を言う。


「ほう……。その名を知っているのなら、お前らも生かして帰すわけにはいかないな」


 男達はリューとリーンがドーパーの遺体に動揺しなかったので、『黒炎の羊』の関係者とは思っていなかったから、そう告げる。


「──出入り口は塞いだままでいて。この二人は僕が相手するから」


 リューは挟み撃ちできる有利な立場なのにリーンが手出ししないように告げる。


「……舐められたもんだ。その自信は何か特殊なスキルでも持っているからか? だが、残念だったな。この地下はあらゆるスキルの阻害効果を施しているみたいで、俺達もあまり、能力を発動できていない。つまり、お前らガキ程度ではスキルを扱うことは不可能ということだ!」


 男はそう宣言すると、リューに襲い掛かる。


 もう一人の男もリーンが動かないことを確認すると、リューに襲い掛かった。


 だがリューにはそんなことは関係ない。


 何しろ手にしているのは聖剣『国守雷切くにもりのらいきり』の上位互換であるドス、『異世雷光』である。


 リューはその『異世雷光』に魔力を注ぎ込むと、ドスから雷がほとばしった。


 室内はそのドスを中心に無数の青白い光が駆け巡り、男二人を襲う。


 リーンは出入り口付近まで下がっているので巻き込まれない。


 数瞬のうち、青白い光が収まる。


 焦げる臭いと、煙が部屋に充満した時、二人の男は真っ黒こげになって床に転がっているのであった。



「ちょっと、やり過ぎよ。でも、今ので地下に仕込まれていた阻害系のシステムは壊れたみたい。私の索敵系スキルがちゃんと使えるようになっているわ」


 リーンは室内に入ってくると、床に転がっている黒焦げの男二人を確認してそう報告した。


「そうなの? 壊す前にどんな仕組みなのか確認したかったなぁ」


 リューは呑気にそう答える。


「追わなくていいの? バンスカーを仕留めないと何も終わらないわよ」


 リーンが呆れてそう注意した。


「もちろん、追うよ。そうしないとうちの実働部隊の負担が大きくなるからね」


 実働部隊とはもちろん、幹部のルチーナが率いる部隊のことである。


 このワーナーの街の内外にはルチーナの部隊がいろんな場所に伏せており、あらゆる対応ができるようにしてあったから、この地下通路から逃れたであろうバンスカーに対してもルチーナの部隊が発見すれば戦闘になっているはずだ。


 二人はそう考えると、扉を開けて脱出通路に入っていくのであった。



「……何者だ、あのマスクのガキ共は……」


 リュー達がいなくなった部屋の棚の陰からそんな声が漏れてきた。


 するとそこに人が現れるではないか。


 透明化していたのかわからないが、リーンの目を誤魔化したくらいだから何らかの阻害能力も持っているのかもしれない。


 それにリューのドスの能力である『対撃万雷』も運が良かったのか回避していたのだからただ者ではないだろう。


 その姿を現した男の顔には首にかけてやけどの跡が見える。


「戻ってくる前に退散させてもらおうか」


 男はそうつぶやくと階段を上がっていくのだが、上階から声が聞こえてくると、闇に溶け込むようにスッと姿を消してしまうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る