第658話 いよいよですが何か?

『黒炎の羊』のボス・ドーパーは多くの部下を動かして、王都の郊外にある小さい街を調べていた。


 当人達はそれでもかなり慎重さを持ってありもしない隠し財産を探す為に情報収集を行っている。


 それを見つけるのに必要なのがバンスカーという名前の人物だと、信じているのだ。


 そう信じさせたのは、リューがランスキーに流させた嘘情報であるが、これも信じさせる為に、隠し財産の一部を見つけさせたり、エラインダー公爵の警告などでドーパーは完全に信じ込んでいた。


 それは部下である『黒炎の羊』の幹部達も一緒で、自分達でわずかな情報を拾い上げて分析した結果、真実を掴みつつあるという認識に誘導していったのだから、リューもかなり大変であったがここまでは成功していた。


 これらのやり方は前世で所属していた組の縄張りで好きにやっていた詐欺師から学んだものである。


 嘘を信じさせるには事実を掴ませることなのだ。


 百パーセントの嘘は誰も信じないが、真実の混ざった嘘は人を惑わせるのに十分であり、リューは真実として、バンスカーの扱う幽霊商会の存在や当人の名前、そして、隠し財産の一部(これは仕込みだが)を調べていく過程で少しずつ掴ませた。


 そこに、エラインダー公爵がそれを真実だと思わせるように、これ以上は調べるな、と警告すれば自分が真実に迫っている、つまり、隠し財産の秘密に近づいていると完全に信じ込むには十分である。


 逆に、エラインダー公爵やバンスカーはまさかこれまで手足のように利用していた『黒炎の羊』が自分達を調べているとは思わなかったが、近衛騎士団諜報部からの情報やドーパーの動きから、それが嘘でなかったことを確認して信じ込むに至った。


 お互い別の情報で踊らされていたのだが、人間、相手が嘘をついていると疑えば、大部分の辻褄さえ合っていると、細かいところは脳内補完で都合よく解釈するものだ。


 両者は完全にお互いリューの嘘に踊らされながら相手を疑い、別々の目標の為に殺し合い寸前まで行こうとしていたのである。



 ドーパーの元にバンスカーの正体が王国元近衛騎士隊長であるという情報が飛び込んできた。


「何!? そいつは本当か?」


「へい。うちに借金がある下級貴族が宮廷勤めをしていて、バンスカーの名前と人相を知っていました」


「……これでさらに点と点が線になったな……。謎の幽霊商会の隠し財産は王家のものを拝借して隠したものという一見すると荒唐無稽と思えた情報に、説得力がさらに増した。近衛騎士ならそれも可能だったってことだ。そして、そのバンスカーの身元を調べれば隠した場所にも近づく……。儂の読み通りだ!」


 ドーパーはリューにその方向へ誘導される情報を集めていただけなのだが、当人はいたって本気である。


「ボス、流石です! ──それとバンスカーの出身地はやはり、今調べている街で間違いないようです。そこでボスに提案があるんですが?」


 部下は自分で思いついた(と思っている)提案をしようとした。


「……なんだ?」


「早く見つけようと思ったら、バンスカー当人にその場所へ案内してもらうのが一番じゃないかなと。なので、今は、密かに調べていますが、ボスがその街に直接行くことでバンスカーが危機感を抱き、それを止めようとあちらからやってくる可能性を高めたらどうかなと。そして、バンスカーが現れたところを俺達が捕らえ、財産の在処を吐かせれば見つけるのもあっという間かと」


 部下は情報をかき集めることで色々と知恵を付けていたが、それもリューの情報戦によって意図的に掴まされたものであることは夢にも思っていない。


「……ふむ。──儂が監視されているのは確かだから、動かないことでこちらに注目を集めて部下を動きやすくしていたが、それを逆に利用するわけか。もし、あの街に予想通り隠し財産があるなら、儂が動くことでバンスカーも動揺して動くはず……。──よし、試していいかもしれない。直属部隊を先行させて街に忍ばせておけ! 相手は莫大な財産を抱えているはずのバンスカーだ。エラインダー公爵も一枚嚙んでいるし、ただ者じゃない。情報通りなら裏組織のボスでもあるはず……。よし、罠にかけてその組織ごと財産も頂いてしまうぞ!」


「へい!」


 ドーパーは部下の提案を元に自分が良い策を閃いたとばかりに命令すると、部下も成功を信じて疑わないのであった。


 こうして『黒炎の羊』は、リューが用意した決戦の場である王都の東にある小さいワーナーの街にドーパー自ら囮になって罠を敷き、バンスカーはバンスカーでようやく隙を見せて王都を離れたドーパーを仕留めるべく、『屍』を動かしてワーナーの街へと向かうことになる。



「若、両者とも決戦をすべく例の街に向かって動いているようです」


 丁度、リューは授業中であったが、緊急ということで学園の応接室まで教師に呼び出してもらい、ランスキーの部下は知らせた。


 当然リューの横にはリーンがいる。


 イバルとスードにはしっかり授業を受けさせている。


「思ったより、両者とも動くのが早かったね。それで、準備の方は?」


「万端です!」


 部下はリューの問いに、力強く頷く。


「よし、それじゃあ、僕とリーンは先生に許可を得て学校を早引きし、ワーナーの街に向かうよ」


「へい! ──失礼します!」


 部下はそう返事をすると役目を終えたとばかりに応接室をあとにする。


 リューとリーンも職員室に顔を出すと、そこにいた先生に早引きすることを伝えて学園を出る。


 そして、行った事がある場所なら一日一度だけ使用が可能な『簡易回廊』を使用してワーナーの街へと向かうのであった。

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