第657話 続・動き出す罠ですが何か?
王都の一部の地域で通行人による連続殺傷事件が起こった。
被害者は全て『黒炎の羊』の関係者だ。
それが、この地域の各所で三件、四件と起こったから、この地域でまた抗争が始まったのか? と住民達も震撼する。
そのうちの一つが『黒炎の羊』の事務所前で起きたのだが、刺した相手は一見すると一般人であり、取り押さえられてもニヤニヤと笑っていた。
「なんじゃ、貴様! うちが『黒炎の羊』の人間だとわかってやってんのか!?」
組織の関係者達は、通り魔の男を抑え込んだまま尋問する。
刺した男は、「調べる相手が悪かったな」とだけ言うと、口を閉ざす。
「何言ってやがる、こいつ!? ──おい、誰かこいつを中に連行して刺した理由を吐かせろ!」
幹部らしき男が、捕まってもなお笑みを絶やさない通り魔に、怒ってそう周囲に命令を出した時であった。
通行人がその幹部の男の背後からドンとぶつかる。
「ぐはっ! ……さ、刺しやがったな……? 何しやがる、てめぇ……!」
幹部は他にも通り魔がいることに驚く。
周囲の部下達がそれに驚いて新たな通り魔も取り押さえる。
現場はそれに驚いた野次馬達が悲鳴を上げて距離を取った。
やはり、抗争だと思ったからだ。
以前も抗争が起きて、一般人が巻き込まれる事態になっていたのは、地域の住民達の記憶にも新しいから、まただと判断したのである。
『黒炎の羊』の者達も幹部が刺されたことで、ハチの巣を突っついたような大騒ぎになり、事務所の前は野次馬でさえも逃げ出す状況になるのであった。
「ドーパーの親父、こいつはやはり、今、調べているどこぞの商会の隠し財産絡みじゃないですか?」
『黒炎の羊』本部事務所では、その組織のボスであるドーパーに幹部が、かき集めた情報からそう指摘した。
「……だろうな。つまり、隠し財産は本当にあるってことだろう。これに絡んでいるらしいバンスカーという名前も、調べられたら困るらしい……。──よし、隠し財産があるらしい例の街に向かい、徹底的に調べるぞ。ただし、他には悟られるなよ? あと引き続きバンスカーという名前について今後も調べておけ。あの方(エラインダー公爵)も調べられると困る人物らしいからな。こっちがその正体を知っておけば、後々役に立ちそうだ」
ドーパーはそう言うと、皺の深い顔に笑みを浮かべる。
かなり年齢を重ねているこのドーパーはその白髪交じりの黒髪が天然パーマ、髭も顔全体に生やしていることから、その姿が羊に見えなくもない。
若い時はその髪や髭を赤い血に染めて暴れる姿が、炎を纏っているようにも見えたことから、現在の組織である『黒炎の羊』の名の由来にもなっていた。
ドーパーは齢六十五だが、精悍で未だ現役を退く気は全くない。
最近、『竜星組』の勢いに圧されてはいるが、王都の東地域に勢力を伸ばすことで、まだ、飲み込まれるつもりはないのだ。
それに、『黒炎の羊』の背後にはエラインダー公爵もいるから、侮れない存在であった。
ただし、ドーパーはエラインダー公爵のことはお互い利用する関係だと思っている。
つまり、エラインダー公爵に全て従う関係ではないということだ。
確かに表の権力者としては敵がいないくらい大きな勢力を持っているのだろうが、裏社会には裏社会のルールがあり、エラインダー公爵でさえもそこに口出すことはできないとドーパーは思っている。
だから、対等とまではいわないが、協力関係を結ぶ相手だと考えていた。
そのエラインダー公爵が以前、ドーパーを呼び出し、バンスカーや、とある商会の名をどこまで知っているのかと聞いてきた。
「裏社会にいると儂の元にはいろんな情報が入ってきます。その中の一つにその名もあったかもしれませんが、よくは覚えておりません、儂も年ですな。それで、その名がどうかしたのですか?」
ドーパーは独自の情報網で、それが隠し財産を調べていた時に知った名前であったから、とぼけてみせて逆に質問した。
「……あまり、深入りをしないことだ。長い付き合いだからな……。警告はしたぞ?」
エラインダー公爵が直接会ってこんなことを言うのは珍しい。
いや、初めてかもしれない。
ドーパーはそれだけに、自分達が調べている情報、隠し財産についてがどうやら本当っぽいのではないか? と考えていたから、今回の通り魔事件はそのことへの警告だろうと察した。
だが、ドーパーはこの手の脅しに怯む人物ではない。
逆に発奮するタイプだ。
その場では、黙って頷いてエラインダー公爵邸をあとにしたが、内心では止めるつもりがなかったから、きっとこれが答えだろう。
「ここまで来たら、全てを調べ上げて、隠し財産もあの方(エラインダー公爵)の弱みも握っておこう。そうすれば、王都裏社会の勢力図をまた、変えることができるかもしれない……!」
ドーパーは年とは思えない生気と野望に溢れた目でそうつぶやくと、周囲に指示を出すのであった。
「若、バンスカーが警告のつもりか『黒炎の羊』に対し、『屍』を使って仕掛け始めたようです」
ランスキーがマイスタの街長邸執務室で、新しい情報を伝えた。
「思ったより早いね? それで『黒炎の羊』は?」
「あちらは警告を聞くことなく、隠し財産があると思って動き出しているようです。これなら、用意した舞台に思ったより早く飛び込んでくれそうですぞ?」
ランスキーは、リューの指示通りに事が進んでいることが誇らしそうに報告する。
「バンスカー側にもその情報は流しているね?」
「へい。『屍』の連中が結構な数王都入りしていますが、東の郊外の街に移動を始めたという情報がありますね」
ランスキーは報告書を読みながらそう答える。
「タイミング的にも丁度良さそうだね。ルチーナの部隊もすでに配置済みだし、大きな動きがありそうなら、僕が授業中でもいいから報告にきて」
リューは学校への立ち入りを許可する発言をした。
これはとても珍しいことだ。
リューは学校の生徒と貴族、裏社会の立場をしっかり分けていたので、ランスキーも少し目を見張ったが、それだけ今回のことは大事だということである。
それはランスキーも理解していたから、短く返事をすると執務室をあとにするのであった。
「いよいよね。でも、バンスカーは出てくるかしら?」
リーンがリューに疑問を口にした。
「どうだろう? ただ、『黒炎の羊』は長いこと王都の裏社会においてエラインダー公爵の手となり足となって動いていた組織だからね。そんな功労者をエラインダー公爵の代わりに潰す為動くとなったら、自ら動く可能性は高いと思う。それに王都を避けているっぽいバンスカーも王都郊外の小さい街なら、やってきそうじゃない?」
リューは可能性の話をするのであったが、こればかりはバンスカー当人の判断次第だったから、その可能性に賭けて、万全の態勢を敷くのであった。
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