第656話 動き出す罠ですが何か?
王都の庶民にはわかりづらいことであったが、王都の雰囲気が少しずつ変わりつつあった。
それは、裏社会の人間の中で、些細なことに異変を感じる程度のものであったが、どこの組織の者かわからない者達が自分達の身辺を探っている気配がある。
『竜星組』も王都の事務所周辺に見ない顔のチンピラがちらほら現れたし、同盟関係にある『月下狼』からは、「うちへの調査の為に周辺に人を放っているか?」という探りの手紙も届いていた。
この分だと『黒炎の羊』もどこかの組織の探りが入っているだろう。
リューはマイスタの街長邸でランスキーから報告を聞いて、そう確信に近いものを感じていた。
「若、ようやく奴らも本格的に動き出しているみたいです」
ランスキーが、リューの表情からそう応じる。
「そうだね。──前回の報告では、王都のエラインダー公爵邸への人の出入りが微妙に増えたという話だったから。それはきっとバンスカーからエラインダー公爵へ自分を探っている連中を追って辿り着いた先が王都だったことで、色々とお伺いを立てようとしての結果だと予想は付いたけど、少し時間がかかったなぁ。あっちはいつも裏で暗躍する事に長けていても今回のようなことへの対応は苦手とみるか、王都で動くことの許可が下りずに揉めていたのか……」
リューは、少し考える素振りを見せた。
「どちらもじゃないかしら? バンスカーの組織『屍』って王都とその近郊にはこれまでほとんど手を出すことが無かったんでしょ? それってエラインダー公爵の顔を立てていたからじゃない? あとはエラインダー公爵が背後にいる『黒炎の羊』の縄張りも王都周辺だし、明らかに縄張り意識から手を出さなかった感じなのはここまでの動きから容易に想像できるわ。あとは、バンスカーを調べている謎の組織がどこかわからないから慎重になりすぎて身動きがあまりとれていなかったってことでしょ? どれもリューの狙い通りじゃないかしら?」
リーンが二人の会話に入って指摘した。
そうリーンの言う通りなのだ。
リューはバンスカーに情報戦を仕掛けて、罠を感じさせないように少しずつ気付くか気付かないかくらいの情報を流していて、相手の諜報網がどのくらいのものかも図りながら調整していたのである。
だから、バンスカーの『屍』も確信が持てないレベルの情報を入手したことで、エラインダー公爵の権限を侵さない程度に調査をしていたからリュー達が想定するより遅い動きになっていることが確認できた感じであった。
「うん。お陰であちらの情報収集レベルが『
リューは、リーンの指摘に賛同するとニヤリと笑みを浮かべる。
リューはなんとバンスカーの周辺を探っているのは『黒炎の羊』の可能性であることを疑わせる情報を流していたのだ。
もちろん、それだけだとエラインダー公爵に確認してしまえば、間接的に『黒炎の羊』から返答をもらえて誤解を解くのは可能だろう。
だから、リューは『黒炎の羊』に対しても別の情報を与え違う動きをさせていた。
それは、とある商会が表に出せない多額の金を『黒炎の羊』の縄張り内に隠しているという嘘のような本当の話(真っ赤な嘘だが)を握らせることだ。
最初は半信半疑の『黒炎の羊』のボス・ドーパーであったのだが、調べれば調べる程、それっぽい情報が上がってきたことで最終的に信用させた。
これが、バンスカーの間者から見たら『黒炎の羊』が不穏な動きをしているように見えるのだ。
当人達は隠し財産を独り占めする為に秘密にして動いている分、表面上ではわかりづらい動きも、バンスカーの間者達がそれに疑いをかけて調べるともっともらしい動きに解釈させるのが狙いであった。
実際、それに気づいたバンスカーの間者達は、自分達の情報に結び付けて疑い周囲を調査し始めている。
お互い何を調べているかは話せない以上答え合わせはできないから、バンスカーは『黒炎の羊』は自分を調べているに違いないと疑うし、『黒炎の羊』にしたら、エラインダー公爵を通してまで、こちらの動きを調べようとしている謎の動き(バンスカーの存在を名前しか知らない)があることに感づくことで、さらに警戒して疑心暗鬼になり、なおさら独り占めしようとさらに秘密にするのであった。
ちなみに、リューが指示してランスキーがばらまいた情報にはバンスカーの名前や『屍』が利用している幽霊商会の名前などを違う理由から流している。
とある商会の関係商会やそのトップの名前としてだ。
それがまた、問題をややこしくしていた。
バンスカーが『黒炎の羊』の動きを詳しく監視すると、自分の名前や幽霊商会について調べているとわかることになるだろう。
そうなれば、これはもう、当たりだと確信してもおかしくないのである。
人間、誰しもが与えられた穴だらけの情報を完成させるべくそれっぽい情報をかき集めて穴の部分を埋めようとするものである。
それは脳内補正というもので、これは人間の能力として素晴らしいものではあるが、誤解や勘違いの元になる部分でもあった。
前世でもこの世界でも誤解を招いての仲間割れや勘違いから生まれた怨恨による犯罪は珍しいものではない。
そういう心理を巧みに利用して、リューは穴だらけの情報をいろんなところに撒くことで、同じ効果を生み、バンスカーとエラインダー公爵、『黒炎の羊』のボス・ドーパーを躍らせることに成功したのである。
「ふぅー。若の命令通り、バンスカー用の情報と『黒炎の羊』用の情報の流し方を調整しながら流していますが、情報を流す人物も身分を偽装するところからやってますし、二重三重に仕込んで疑われても足がつかない説得力を持たせているので、その分の準備は大変ですよ」
ランスキーは元々豪快な性格だが、仕事は細かい。
その辺りは職人としての気質だろう。
リューの緻密な作戦にも対応できるのだから頼もしい限りである。
「あははっ、ご苦労様! ──ここまで来たら、あとはバンスカーが用意した舞台の罠に飛び込んでくれることを待つだけなんだけどなぁ。それで二つの組織の潰し合いになり、うちはそれを眺めて美味しいところだけをかっさらう。──あとについてはゆっくり待とうか」
リューはそう告げると気長に待つ姿勢を取るのであった。
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