第654話 大豊穣祭ですが何か?

 大豊穣祭は日中、ミナトミュラー商会の興行部門がいくつかの催しを用意していた。


 力自慢はスモウ大会、頭脳派はショウギ大会、脚力自慢は自転車大会という感じである。


 スモウ大会とショウギ大会は領都内の各広場で行われ、自転車大会は決められた領都内のコースを三周回って順位を競うというもので、どの大会も地元の領民達参加の小規模なものであったが、この辺境に住む者達はいろんな意味で並外れているから白熱したものになり、盛り上がりは十分であった。


「スモウ大会は参加したかったな!」


 勇者エクスが、楽しそうに頬を上気させて親友のルークに告げる。


「地元の祭りなんだから、よそ者が飛び込みで参加して優勝をかっさらうと反感を買うぞ?」


 ルークは楽しそうな親友の言葉に苦笑気味に答えた。


「上半身裸でなければ、私も参加したかったな」


 獅子人族のレオーナ・ライハート伯爵令嬢も勇者エクスに賛同する。


「みんなお祭りを満喫しているわね。あとでリュー先輩に感謝しないと」


 エミリー・オチメラルダ公爵令嬢が友人達が楽しんでいることを微笑ましく感じたのかそう提案した。


「「「はははっ、違いない!」」」


 みんなが賛同しているとそこに、


「泥棒!」


 という声が聞こえてきた。


 どうやら人混みに紛れて窃盗を企てた者がいたようだ。


 勇者エクスはこの声にすぐさま反応して声のした方に目を向け、犯人を確認する前に走り出した。


 それにレオーナも続く。


 ルークとエミリーは周囲を見て状況把握に努める。


 そんな勇者エクスとレオーナの道を塞ぐように、数人の者が間に入ってきた。


「おっと、ごめんよ」


 間に入った男達は謝るのだが、わざとらしい。


 証拠は無いが一味での犯行の臭いがする。


 犯人が人混みに紛れてそのまま逃げようとした時、勇者エクス達の頭上を何かの影が一瞬で通過し、犯人の頭上に吸い込まれていく。


 そして次の瞬間、


「ぎゃー!」


 という声と共にその頭から血飛沫が舞う。


 それはハンナのペットであるムササビデビルのサビの仕業であった。


 サビは鋭い爪で犯人の頭を斬りつけて負傷させるとそのまま上空に舞い上がり、何事もなかったかのようにハンナ達がいる方へと戻っていく。


 犯人はその場で頭を抱えて悶絶しているところを、近くの警備兵がやってきて取り押さえた。


「……驚いたな。あの歳で魔物使いか?」


 勇者エクスがハンナを見て感心する。


 そんなハンナは一緒に居たノーマンの妹で友人のココや仮面姿の王子オサナ、下級貴族オイテン準男爵の息子ワースとハイタッチを交わしていた。


「あれは確かリュー先輩の妹さんよ。城館で他の子供達と遊んでいるのを私見かけたわ」


 エミリー・オチメラルダが、ハンナの顔を確認してみんなに教える。


「また、リュー先輩のところはあの二人の兄達だけでなく妹も凄いのか?」


 ルークが呆れ気味に、応じる。


 勇者エクス一行はすでに長男タウロ、次男ジーロのことはよく知っていたから、その妹も魔物使いだと知って呆れるしかなかった。


 もちろん、ハンナは魔物使いではない。


 スキルの力で魔物使いも能力が芽生えてるのは確かであったが、元々は賢者である。


 そうとは知らない勇者エクス達は魔物使いのハンナという形でリューの妹を認識するのであった。



 祭り会場である領都内は不届き者のせいで多少の騒ぎもあったが、お客に紛れる警備兵やリューの部下達、そして、各自で祭りを楽しむリューの友人達によって犯罪はかなりの確率で封じ込められていた。


「馬鹿ですね。今日の領都は下手をしたらこの国で一番治安が良いかもしれない程の厳重さなのに」


 スードが窃盗犯を逃がそうとした連中を取り押さえながら、そう漏らした。


「はははっ、スード君。ランドマーク本家の大豊穣祭に泥を塗る輩は、容赦しないでいいよ」


 犯人達を見下ろしながら、リューはスードに告げる。


「それでは遠慮なく」


 スードはそう応じると、犯人の肩を脱臼させる。


「ぎゃっ! 勘弁してください!」


 犯人は躊躇なく怪我を負わせる相手に悲鳴を上げた。


「仲間は全部で何人だ?」


「あと七人います!」


 スードの冷たい声に泥棒は仲間を庇うことなく悲鳴混じりに自白する。


「あとはうちで引き取ります。リュー坊ちゃん」


 警備兵が泥棒達をスードから引き継ぐと残りの仲間の人相を聞き出すべく、連行するのであった。


 こうして、楽しい祭りの陰で行われる犯行も、容赦なく捕らえられていくのであった。



 そして、日中の催し物も成功のもとに終わり、夜の部へと移行した。


 それは領都の主な通りを進む山車である。


 笛や太鼓の祭囃子の中、城館付近からスタートする山車の列に、領民だけでなく他所からの見物客も歓声を上げる。


 なにしろ山車の中にはランドマーク家の元寄り親であるスゴエラ侯爵の姿を模した像もあったし、その与力達の像もあった。


 当然、ランドマーク伯爵派閥の貴族達が集まった山車もあったので、そこの領民達は喜ぶし、モデルになった貴族達も誇らしい気分になる。


 そして、メインであるランドマーク家一同の山車が進み始めると各所で大歓声が起こった。


 今年はリューとジーロの昇爵もあったし、タウロの結婚もあったから、そのシーンを切り取った山車が領民達には誇らしくて、祝いの言葉を改めてその山車に向かって叫ぶからだ。


 領民達は心からこのランドマーク家の領主一家を尊敬し敬い、崇拝していたから、人気はやはり凄まじい。


 いつもの通り、ランドマーク家の家族が介した山車などは拝む者もいるほどで、他所からの見物客も思わず釣られて一緒に祈る程であった。


 そして、今年の祭りはこれだけで終わらない。


 そのあとから、リューとリーンが黄龍フォレスと魔境の森で戦うシーンの山車がやってくる。


 次にはその黄龍フォレスがランドマーク領に加護を与えるシーンを像にした山車が続き、領民達からは今年の大豊作となった要因である黄龍フォレスに感謝すべくその山車を崇めるのであった。



「──これが我に見せたかったものか?」


 領都の城壁の上からその黄龍フォレスの山車を見下ろして、同級生であるイエラ・フォレスが、隣に立つリューに聞く。


「ええ。加護を頂いたお礼と、領民達がいかに感謝しているかを知ってほしかったんです」


 リューは眼下で山車に盛り上がる領民達を温かい目で見降ろしながら、答えた。


「まあ、悪くないのじゃ。だが、すぐに忘れてしまうのにのう……」


 イエラ・フォレスの言葉は重みがある。


 実際、彼女? はこの千年以上人類から忘れ去られ、その存在を知る者は誰もいないので、その気持ちから漏れた言葉であった。


「イエラさんの認知阻害能力は強力だから、すぐに忘れられそうになるのだろうけど、こうして形に残して、僕達は感謝することで忘れないようにしますよ」


 リューはそう素直な気持ちを告げる。


 実際、黄龍フォレスには感謝しており、その気持ちも本物だ。


 イエラ・フォレスはそれも能力で理解しているから、リューの気持ちに偽りがないことはわかっている。


「──そなたの組織の事務所に備えた神棚もその一環か?」


 イエラ・フォレスはこれまでその絶対的な破壊の力から畏怖の念を持って崇める者は遠い昔にはいたが、純粋な感謝の気持ちだけでここまでする者はいなかったから、それが可笑しくて、あえて聞く。


「黄龍フォレスは今やランドマーク家の守護神的な存在だと思っていますからね。ミナトミュラー家としては本家の守護神を崇めるのは当然の流れですよ」


 リューも心を読まれているのをわかったうえで素直な気持ちで応じる。


「打算もあるくせによく言うのう」


 イエラ・フォレスはリューの言葉に冗談で返すと、嬉しかったのか楽しそうに笑う。


 そこへ、この日の祭りの終わりの締め括りである魔法花火が夜空を彩る。


 それは大小様々な魔法花火が昼の開始の時とは違う大規模さで、領民だけでなく他所からの見物客も昼とは違う綺麗さに感動し、歓声を上げた。


「うむ、これは初めて見るものじゃ。あれもお主が考えたのか、やるのう……」


 イエラ・フォレスは魔法花火を気に入ったのか、魔法花火の音がお腹に響く感じも心地よいのか満足げだ。


 こうして、ランドマーク家の守護神も満足した大豊穣祭は、無事成功のもとにこの日は終わりを迎えるのであった。

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