第653話 大豊穣祭開始ですが何か?

 ランドマーク領大豊穣祭は、リューとイバル、そしてその部下である職人達による大迫力の魔法花火によって、開始された。


 開始の為の合図ということで、大きく大音量の魔法花火をリューが張り切って立て続けにぶっ放せば、職人達が阿吽の呼吸でそれを彩る中小の魔法花火で飾る。


 まだ、正午だから夜に比べたらその綺麗さはわかりづらいが、これだけでもかなり見どころのあるものになったのは確かであった。


 この花火の合図で露店や催しなども開始されるから、一気にランドマーク領都は賑わいに包まれることになる。


 魔法花火の大きな音は、領都を目指すお客にも聞こえていたから、


「やべぇ、もう始まった!」


「お前が準備に手間取るから、開始に間に合わなかったじゃないか!」


「だから、領都内に宿を取るべきだったんだよ」


「隣村が安いって言ったのお前だろ!」


「どっちでもいいから、早く行こうぜ!」


 など遅れた者達はお祭り会場へと急ぐ。


 関係者に至っては、みんな稼ぐ為にこの日を待ちわびていたから、


「この魔法花火の音があるから気合が入るぜ! ──いらっしゃいませ!」


「野郎ども、稼ぎ時だ!」


「いらっしゃいませー! 食事がまだの方! うちで軽く済ませてはどうですか!?」


 と客引きが早くも熱を帯びる。


 お客は地元の者だけでもこの日を待ちわびていた者は多い。


 一年頑張ったご褒美に贅沢をしようとする者は多かったし、この日は領主であるランドマーク家に対する感謝の日でもあるから、お客の一部はまず、城館前まで赴いてそこでランドマーク家を拝むとお祭り会場に向かうという流れもあった。


 よそ者はよそ者でこの辺境での大規模な催しに頬を上気させ、見たことが無い食べ物や催しに目を奪われ、家族と一緒に楽しむ。


 ほとんどの者がまさか王都の祭りに引けを取らない規模で行われているとは思わないのであったが、少なくとも南東部の辺境地帯にあっては最大規模の祭りであろうことくらいは想像できたので、地元民だけでなく外からの人間もその熱気に当てられ興奮気味に祭りを楽しむのであった。



 王都から招待したリューの友人達や、貴族、ランドマーク家と交流関係のある者達は、誰もが大規模な祭りに驚きを隠せなかった。


 領都中が文字通りお祭り会場であったし、城壁の上まで飾り立てられており、その準備段階からかなりのお金と手間がかかっているのは容易に想像できる。


 そして、辺境とは思えない観衆の数に、王都の貴族達も辺境の田舎とはいえランドマーク伯爵家の力を感じずにはいられない。


 それに、お忍びでリズ王女が参加しているのは、城館での挨拶回りで一部の者達は知っており、そこには隣領の最大派閥スゴエラ侯爵本人もやってきていたから、滅多に会えない英雄に会えたことも王都貴族はランドマーク伯爵の人望に感謝する。


 そして、一番驚いていたのは、オイテン準男爵一家だったかもしれない。


 と言うのも、リューが自分の友人家族です、と南東部の英雄スゴエラ侯爵に紹介してくれたからだ。


 ちなみにオイテン準男爵とは、リューの年の離れた数少ない貴族の友人であり、家族付き合いもある。


 よく下級貴族の情報網でランスキーに情報を流すことも多く、元武人ということでその立ち居振る舞いは、リューも尊敬する人物だ。


 そんなオイテン準男爵は先の大戦では隣国の侵攻軍を迎え撃つ為に寄り親のノーズ伯爵の下でいくつもの戦場を渡り歩いており、スゴエラ侯爵は当時辺境伯として祖父カミーザを率いて戦った関係からその名を知らない仲ではない。


 スゴエラ侯爵もノーズ伯爵のことをよく知っており、その与力と聞いて、オイテン準男爵をいたく気に入る。


 さらには息子のワース・オイテンの利発さも気に入ると、


「もし、困ったらうちを頼るといい。歓迎するぞ。わははっ!」


 という言葉までもらってオイテン準男爵も恐縮するのであった。


 話はこれだけに留まらず、リューはこの機会を逃してはならないとばかりに、オイテン準男爵家族をお忍びのオサナ第四王子とマカセリン伯爵にも引き合わせた。


 オサナ第四王子はまだ八歳。五歳のワース・オイテンとは三歳しか年齢が違わないので話が合うかもしれないと思ったのだ。


 オイテン準男爵はそろそろ報われてもいいと思っていたから、リューは積極的にこの年の離れた友人の為にも、色んな人物と引き合わせた。


 それが実を結び、オサナ第四王子は、頭がよく、それを誇らないこの五歳のワース・オイテンを気に入った様子であった。


 それを見てオイテン準男爵は夫人と共に、引き合わせてくれたリューに感謝する。


「いえ、僕は逸材と思ったワース君に活躍の場を設けただけですよ。オサナ王子殿下なら気に入ってくれると思いましたし」


 リューは頭を下げるオイテン準男爵夫婦にそう笑って応じるのであった。


 この後、オイテン準男爵はスゴエラ侯爵、祖父カミーザ、父ファーザ伯爵、マカセリン伯爵らと先の大戦での苦労話で盛り上がることになる。


 リューは友人の人脈が広がることを喜びつつ、今度は年齢の近い友人達と城館の広場に設けた露店や見世物、催し物を楽しむことにした。


 それこそ、北部出身者の集まりである勇者エクス達はこの南東部の食べ物や動物などは珍しくどれもが未知に感じるもののようであったから部下を付けて説明させる。


 他にはエマ王女殿下の一行もいるので、そちらはイバルに案内を任せた。


 シズやナジン、ラーシュはエクス達同様、南東部のものは珍しいものが多いようで、リーンに話を聞いて感心しきりである。


 リズ王女とランスは南部視察で多少詳しくなっていたから説明はあまり必要ないかと思っていたが、この大規模な祭りは初体験に近かったので、かなり楽しんでいるのがわかった。


 そして、オサナ第四王子は、ワース・オイテン五歳とヤーク子爵と護衛達を引き連れて露店巡りをしていた。


 さらには、ムササビデビルのサビを頭に乗せたハンナと親友になっているノーマンの妹ココもそこに同行している。


 どうやら、オサナ第四王子は珍しい動物を頭に乗せているハンナを気に入った様子であり、ハンナもこのお忍びで来ているこの仮面をつけた王子と下級貴族の息子ワース・オイテンを弟のように気に入った様子であったから、お姉さん気分で色々と説明しており、地位を無視したなかなかカオスな状況になっていた。


「失礼が無ければいいけど……。まあ、あの感じなら大丈夫かな?」


 思った以上に姉弟のように仲良くなっているハンナ達を見てリューはほっこりするのであった。

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