第651話 お祭りの前日ですが何か?

 ランドマーク本領では、コヒン豆の収穫時期であるこの月に大豊穣祭が行われる。


 以前は夏休み明け時期であったが、領地の大きな収益を占めることになったコヒン豆の収穫時期に合わせて今の時期に大規模なものを行っていた。


 そういうわけで、近隣の他貴族領からも注目を浴びてこの日に足を運ぶ者もかなり増えている。


 なにしろこの王国南東部の辺境地域において、王都の最先端の食べ物や製品、流行の服なども店先に並ぶのだから、地方の商人だけでなく庶民、特に若者達は新しさを求めて訪れるのは当然のことであった。


 それに南東部最大級の祭りということで、男女共に気分が高まって結婚に発展することも多い行事である。


 そういう意味でも辺境地帯の者達はこのランドマーク家が仕切る大豊穣祭に集わずにはいられないのであった。


「今年も祭り期間前から、やってきている人多いね」


 リューが城館の塔から町並みを眺めてリーンにそう告げる。


 ランドマーク領都全体が祭りの準備に大忙しで、その喧騒がリューにはとても楽しく感じて好きであった。


 前世でもこの雰囲気は下っ端時代に何度も経験したが、周囲の雰囲気に高揚したのを覚えている。


「今や派閥の長の仕切る祭りなんだから、当然関係者も集まってくるわよね。宿泊施設にも限りがあるから早めに来る人も当然いると思うわ」


 リーンが城館近くに建っている貴族用宿泊施設に視線を向けて答えた。


「そうなんだよね。タウロお兄ちゃんのお見合いの時に作った貴族用宿泊施設だけど、あそこもすでに予約で満室状態だから、また、同じような施設を作ったみたいだしね」


 ランドマーク伯爵派閥に所属する貴族達も挨拶も兼ねてこの時期、ランドマーク領都に足を運んでいる。


 今年初めて参加する貴族も多かったが、この辺境地域に似つかわしくない規模の大きな祭りの準備に驚いている者は当然いた。


 だが、それも、各地域から大量に流れ込んでくる人の多さに納得することになる。


 なにしろ南東部最大派閥であるスゴエラ侯爵のところからも侯爵の親族をはじめ、派閥貴族から与力貴族までこぞってやってくるのだから、ランドマーク伯爵派閥の者達は自分達の長の人脈や人望に驚く。


 そう、父ファーザは元々スゴエラ辺境伯の与力時代から同僚達に人望があり、好かれていた。


 人たらしという才能があったから、他の派閥貴族からも気に入られていたし、何より武人としての腕も評価されていたのでそれらの人気が今も反映されている。


 それに嫡男である兄タウロもその人たらしという才能を引き継いでいるから、自然と周囲には人だかりができたし、それに驕らず気遣いの人でもあったのでその人柄に惚れ込む者は多い。


 当然、それを補佐するのは次男ジーロと三男リューである。


 この最強の家族が仕切る大豊穣祭が人を集めないわけがないのであった。


「よそ者が多いと犯罪も増えるところだけど、ランドマーク家の領兵隊長スーゴが率いる領兵隊がまた優秀だからね。逆に、この警備態勢で悪さをしに来る人って、ただの馬鹿だと思う」


 リューは笑ってリーンにそう告げる。


「確かにそうね。カミーザおじさんの育てた領兵だもの。それを相手にしようとする奴なんて確かに自殺行為でしかないわ」


 リーンも笑って応じた。


 実際、こういう祭りでは他所から遠征してきて犯罪行為を行おうとする者は当然いる。


 しかし、ランドマーク領に入った時点でそういう連中はマークされ、犯罪を起こす段階になると速攻で制圧されるという事態になっていた。


 そして、ランドマーク領では、その手の犯罪者に対して厳しい処罰が待っている。


 それは魔境の森での労役から死罪まで容赦がないのだ。


 ランドマーク領は言わば、南東部における強い光であったから、そこには色んな者が集まってくる。


 その性質上、犯罪者に対して厳しい罰を設定することで周辺にそれを徹底させているのだ。


 だがそれでも、犯罪者は甘い蜜が吸えそうなところには、罰を恐れず集まってくるもの。


 今回も大規模窃盗団や、密輸目的の犯罪者集団がランドマーク領入りしたとの報告もされていたから、祭りで浮かれる領都も裏では緊張感を持って警備が敷かれているのであった。


 ちなみにミナトミュラー家からも、この大豊穣祭には人が沢山参加している。


 それこそ露店部門から興行部門、酒造部門に人材派遣部門など総勢百人余り。


 今回はランドマーク派閥結成一年目でもあるから、リューのところだけでなく、ジーロのところからも人員が多く投入されており、この年に犯罪を犯そうものなら逃げられる確率はほぼ「ゼロ」と言っても過言ではないだろう。


 すでに、祭り前から捕縛された者も多く、リューの下にも部下から報告が来ている。


「ここで犯罪を犯すのは、自殺行為だと教えてあげたい」


 リューは報告を受ける度にそう漏らすのであった。



 こうして、ランドマーク領大豊穣祭を前にわずかな混乱はありつつも、滞りなく着々と本番に向けて準備がなされていく。


 その中で今回の一番の目玉は山車だしだろう。


 毎年、ランドマーク家の人々の活躍を模した像から同盟者で元寄り親であるスゴエラ侯爵の像などが山車を賑わせていたが、今回は、派閥の貴族達などの像なども用意してある。


 これらは、当人達には本番までの内緒だ。


 父ファーザからのサプライズなのである。


 さらにはリューの提案で『黄竜フォレス』像が大トリになっていた。


 今年の大豊作は確実にこの黄龍フォレスの加護があってこそだったので、大豊穣祭の締めくくりはこの像以外にあり得ないからである。


 もちろん、これも領民に対してギリギリまで秘密にしておいて、本番の楽しみだ。


 その分、製作に携わる職人達は大忙しであったが、そこにはリューのところからも人を出してどうにか達成していたから問題ない。


「リューお兄ちゃん! ココちゃんとサビ(ムササビデビル)で窃盗犯を捕まえたよ!」


 城館の塔で街を眺めているリューとリーンを見上げてハンナが声をかける。


 塔の下には、ハンナとその頭にサビ、そして、この日『次元回廊』で連れてきた留学生ノーマンの妹ココが手を振っていた。


「でかしたね! でも、あんまり危険なことはせずに遊ぶんだよ!」


 リューはハンナとココに何かあったら問題なので、注意する。


「はーい! ──ココちゃん、今度は準備中の山車を見に行かない?」


「うん!」


 ハンナはリューへ素直に返事をすると、友人のココを誘って山車の納めてある大倉庫の方に誘う。


「二人とも本当に仲良くなったね」


 リューはその後ろ姿を塔の上から眺めると、嬉しそうにリーンにそう漏らす。


「ノーマンもお祭り当日には来られるのよね? この光景を見たら喜ぶんじゃない?」


 リーンが新たな部下であるノーマンのことを考えて答える。


「すでにノーマン君もうちの家族の一員だからね。今年はみんなも案内する予定だし当日が楽しみだよ」


 リューは笑顔で応じると翌日から始まる大豊穣祭の開始を心待ちにするのであった。

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