第646話 苦労していたようですが何か?

 ココがまとめた荷物は想像よりもはるかに少ないものであった。


 着替えは数着、それも質素なものばかり、ノーマンからの仕送りが少ないのかと普通なら疑うところだが、リューはそうは思っていない。


 なぜなら、この孤児院の最近補修したであろう外観や教会内部の装飾などを見て、そこにお金がかかっていると気づいていたからだ。


 ココの扱いについて交渉した時もシスターは、王家やノーマン自身から入ってくるお金を当てにしているのがリューには透けて見えたので、それを軽く指摘しつつ孤児院への寄付を申し出たのである。


 するとシスターは現金なことだが、すぐにココが外国に移動することにも承諾した。


 リーンはリューとシスターのやり取りについて聞こえていたので、ココを家族として扱うと励ましたのはこういう事情を知ってのことである。


「準備できました!」


 ココは身の回りのものを小さい袋に納めてリューを見上げる。


「よし、それじゃあ、移動する前に夕飯にしようか。ココちゃん何が食べたい? 何でもいいよ」


 リューはこのひたむきで兄思いの大人しいココに、同じ妹のハンナを投影していたから甘やかす気分になっていた。


「……本当に何でもいいんですか?」


 ココは控えめな態度で聞き返す。


「もちろんだよ。なんなら宮廷料理でも食べてみるかい?」


 リューは和ませようと、冗談で応じる。


「いえ! そんな贅沢なものではなく……。──最近、噂になっている『おにぎり』が食べてみたいです……」


 ココも好奇心が強い子供である。


 世間で評判がいい『おにぎり』に強い興味を持っていたようだ。


「え? 『おにぎり』でいいの!?」


 リューは驚いて聞き返す。


 当然ながら、リューは『おにぎり屋』のオーナーだから、いくらでも食べさせることはできるから、もっと贅沢なものでいいのにと思ってしまう。


「『おにぎり』が、いいんです……。みんな美味しいって言っているし、いつも満席で食べるのが難しいって聞きました。……本当はお兄ちゃんと一緒に行ってみたかったんだけど、お兄ちゃんの留学後に出来たお店なので……。あ、でも、店内が無理ならお持ち帰りもできるって聞いたので、そっちでいいです」


 ココにとっては思いっきり贅沢な希望のつもりだったのだろう。


 聞けば兄ノーマンと一緒に来たかったというのだから、泣けてくる。


「よし、わかった。ノーマン君の代わりにはなれないけれど、いっぱい食べさせてあげるよ」


 リューはこの控えめで健気な娘に保護者心が刺激された。


 そして、リュー達は馬車で『おにぎり屋』の前まで行くのだが、いつも通り表には行列ができている。


 ココはそれを見て店内では食べられないと察するのだったが、リューはリーンと共にココの手を引いて一緒に店内に入っていく。


「あ、あの……、満席だから店内は……」


 ココは行列のお客さんの視線を感じ、申し訳なさそうにリューに指摘する。


「いらっしゃいませ! あ、オーナー! 奥の個室にどうぞ!」


 店員は当然ながらリューの顔を知っているからすぐに、個室に三人を通す。


「え……? え!? えぇー!?」


 ココは状況がすぐには把握できず、頭に驚きの感嘆符と疑問符がいっぱい浮かび上がる。


「このお店は僕がオーナーだからいくらでも食べていいからね」


 リューは驚くココの顔に笑顔を見せると、そう答えるのであった。



 ココはまさか行ってみたかった飲食店のオーナーがこのリューだと思っていなかったので最初は困惑していたが、おにぎりを食べ始めるとその美味しさに夢中になり、緊張も解けていった。


 お陰で距離もかなり縮められた気がする。


 ココは、大人しい子のようだが、それほど人見知りではないようだ。


 きっと兄ノーマンが留学したこともあり、自分のことは自分で守らないといけないという防衛本能から目立たないように、控えめにしておこうと考え行動していたのかもしれない。


 ココは、兄のノーマンについて優秀なことが自慢であったが、それは他の子供達の嫉妬の対象でもあったようだ。


 孤児院の子供達は肉親を知らない子がほとんどであったから、そんな頼れる肉親がいることは羨ましかっただろうし、何より個室を与えられ特別扱いだったこともココを気に入らず、いじめに走っていたようである。


 ココはそれらを理解したうえで、兄ノーマンが留学から帰ってくるまでの間、大人しくしていようと思っていたのだが、すぐにそれが辛くなっていたことから、ノーマンの仕送りが無くてもやっていけるように、自分で働いてお金を稼ぎたいと思っていたようだった。


「ここで食べたお代金は必ず、働いてお返しします!」


 ココは自分の身の上話をした後、リューにそう答えた。


「大丈夫だよ、ココちゃん。これはノーマン君や君の未来への投資だから」


「未来へのトウシ?」


「そう、投資。すでに、僕はココちゃんを見てその投資に成功したと思っているから、元手は稼がせてもらったようなものだよ」


 リューはこのしっかりしたココを妹のハンナに引き合わせようと考えていた。


 年齢は一緒だし、しっかりした子だから、ハンナとも気が合うかもしれない、と考えたのだ。


 リーンもそれを察したのか無言で、頷く。


「?」


 ココはまだしっくり来ていなかったが、どうやら過度の遠慮はいらないようだと少し感じるのであった。


 この人達は少なくとも悪い人ではないようだと感じたし、何より兄の迷惑にならないようにする為に仕事を紹介してくれると希望を聞いてくれる以上、ココにとっては働いて恩を返せばいいと考えていたので迷いはない。


「それじゃあ、紹介したい人もいるし、まずは、ランドマーク本領に行こうか」


「ランドマーク本領?」


「うん、今日はそこにココちゃんには泊まってもらうよ。ココちゃんの住むことになる住居の準備もあるからね。ノーマン君には秘密にして驚かせたいのだけど、それでいいかな?」


 ココは兄へのサプライズと聞いて、パッと笑顔になる。


「お、お願いします……!」


 ココは兄に会えること、そして、その兄に迷惑をかけず、一人で生きることができそうなビジョンが見えてきたことで、自分の未来に少し期待するのであった。

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