第645話 続・外堀を埋めますが何か?
ある日のこと。
エマ王女留学生一団の責任者であるテレーゼ女男爵から、連絡が入った。
本国の大使から例の許可が下りたということだ。
連絡と共に、一連の関係資料や許可証、手紙などがまとめて送られて来ていたので、リューはそれを手にリーンと二人で、『次元回廊』を使用してノーエランド王国へと向かった。
到着したのは夕食時であったから、おにぎり屋には列ができている。
「今日も繁盛しているね!」
リューは満足そうにミナトミュラー商会おにぎりビルをあとに、部下が用意してくれた馬車にリーンと共に乗り込む。
二人はその馬車で、ノーエランド王家が管理するという孤児院へと向かった。
そこは王都の端にある広い土地に古い屋敷がポツンと建っており、最近補修がなされたのか、ところどころ新しい建材が使用されている。
丁度、子供達がその屋敷の庭で遊んでおり、屋敷の近くに建っている教会のシスターが、振り鈴を鳴らして夕食の時間を知らせ始めた。
外で遊んでいた子供達が屋敷に駆けていく。
そこに遅れて近くの木の下に一人だけいた女の子が、あとに続こうとするが、それに気づいた男の子が、
「お前はまた、一人だけ良い物食べるんだろ、あっちいけ!」
と女の子を突き飛ばして倒すと屋敷に入っていく。
「ちょっと、そこのクソガキ! 女の子になんてことしているのよ!」
リーンが怒ってその男の子を𠮟りつけるのだったが、男の子は驚いて屋敷内に飛び込んでいった。
そこへ振り鈴を鳴らしていたシスターが、慌ててリュー達の下にやってきた。
「うちの子供達が何かしましたか?」
リューは倒されて目に涙を浮かべる女の子に手を貸して立たせると、倒れた拍子についた土を払ってあげる。
「大丈夫かい? ──いえ、どうもしていませんよ。ただ、男の子がこの子を突き飛ばして走っていったので、うちの者がそれに対して叱責しただけです」
リューは、まず女の子に状態を尋ねてから、シスターに答える。
「……ありがとう」
女の子はお礼を言うと、どうしたらいいのかわからないようにその場に立ち尽くす。
そんな状況のリューとリーン、女の子をみてシスターが、
「すみません、いつものちょっとした喧嘩だと思うのですが……。──ココ、夕食だから食堂に行きなさい」
と急な訪問者であるリュー達に応対すると、ココという名の少女に屋敷へ向かうように注意する。
「ココ? もしかして、この女の子のお兄さんはノーマン君ですか?」
「え? ……ええ、そうですが、あなた方は一体?」
シスターはリューとリーンに対して一層不審な顔で聞き返す。
「失礼しました。僕達はノーマン君の留学先であるクレストリア王国から来たリュー・ミナトミュラーとこっちがその従者リーンです。今日は、ココを迎えに上がりました」
「「えっ?」」
シスターと女の子ココの二人がリューの言葉に驚いて声を上げるのであった。
教会の室内──
「あの、どういうことでしょうか? この子の兄、ノーマン君は国の代表としてクレストリア王国に留学中のはずです。その間、王家からは、この子をしっかり預かるようにと申しつけられています。何か問題があったのでしょうか? 確かに最近、ココさんだけ食事や個室を与えられたことで、他の子供達から反感を買っているようだとは感じていましたが……」
シスターはこちらに不備があったから、それを問う使者が来たのだと誤解したようである。
「……そうなんですか? それで先程の行為だったんですね。──こちらを」
ノーマンの妹ココが現在孤児院でいじめにあっているようだとわかったリューは、眉をしかめるとマジック収納から許可証などを出してシスターに渡した。
「これは?」
「ココちゃんのクレストリア王国への移動許可証です」
「え!? ちょっと待ってください! ココさんはまだ十一歳ですよ? 誰も知らない遠い異国に連れて行くなんてそんな残酷なこと……」
シスターは驚いてそう答えるとココを抱き寄せる。
「落ち着いてください。もちろん、ココちゃんの気持ちをできるだけ優先させたいと思いますが、兄であるノーマン君の近くで過ごす方がココちゃんにとってもいいのではないですか?」
リューは必死なシスターの反応に少し驚きながら、兄妹が一緒に居る方が良いのではないかと諭すように告げた。
「私は反対です! ここはココさんにとって住み慣れた土地であり、友達もいます。今の環境をそんなにコロコロ変えてしまうのは、ココさんの為になるとは思えません! それに、兄のノーマンさんが帰ってくるのは二年後でしょう? そうしたら、また、こちらに戻ってくるのですから、コロコロ変化する環境にココさんは苦労することになりかねません。私は断固として反対です!」
シスターは頑なに反対する。
当人であるココは、シスターに腕を掴まれた状態で困惑していた。
「ココちゃん、ノーマンお兄ちゃんのいる環境で生活したくないかい? もし嫌なら、たまに会えるように僕が計らうこともできるけど……」
リューはシスターでは話にならないと思ったのか当の本人の意思を確認する。
「……ノーマンお兄ちゃんとまた、会うことができるの?」
ココは孤児院の子供達に何か言われたのか、まるでもう兄に会えないと思っていたようで、少し目に希望の光を灯していた。
「あちらに住むなら、ノーマン君の部屋に二人で住むことになると思う。もしくは僕がその近くに住居を用意するからそこに別々に住むことも可能だよ」
「……お仕事はありますか?」
ココは移住が可能だとわかったのか、生活を意識して自分でお金を稼ぐ道があるか聞いてきた。
これはノーマン君に似てしっかりしているかも。少し大人しそうな子だけど、利口そうだ。
リューはそう理解すると、
「ああ、もちろんだよ。僕の商会のお店で働くこともできるよ。給金もしっかり払うから、ノーマン君に迷惑をかけない生活も送れると思う」
とココが考えていることを見透かして答えた。
「私、行きます! 行かせてください! お兄ちゃんの迷惑に掛からないように頑張りたいので連れて行ってください!」
ココは、余程孤児院での生活が辛かったのかこの歳で働くことも辞さない態度でリューの目を真っ直ぐ見る。
「ま、待ちなさい、ココさん! ずっと一緒に暮らしていたみんなとお別れになってしまうのよ? 誰も知る人がいない遠い異国での生活は想像以上に大変だし、大事なお勤めをしているノーマンさんの迷惑にもなるわ。考え直した方がいい」
シスターはココの肩を両手で掴むと、その目を凝視して、いかないように必死に説得を始めた。
「シスター、ちょっといいですか?」
リューは、何を思ったかシスターを部屋の隅に連れていくと、話し込む。
最初、シスターの反対する声がココの耳にも届いてきたが、すぐに小さな声になり、何かやり取りをしばらくしている。
その間、ココはエルフの女性(リーン)と一緒だったが、
「安心しなさい。リューが面倒を見るということは、あなたを家族として扱うということだから」
と同情でもなく哀れみでもない一人の女性としてココを扱うように、頼もしい言葉で励ましてくれた。
そこにリューとシスターが戻ってくる。
「シスターも賛同してくれたよ、ココちゃん。それじゃあ、クレストリア王国へ行くから準備を手伝うよ」
リューは笑顔でココを安堵させる。
ココはパッと笑顔を浮かべると、
「ありがとう、……ございます!」
と告げ、準備の為に自室へと走るのであった。
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