第643話 お近づきになりたいですが何か?

 ランドマーク本領で父ファーザ達家族からの報告を聞いたリューは、黄龍フォレスに感謝したい思いであったから、とりあえず、身近なそれっぽい人に探りを入れることにした。


 場所は、王立学園、授業終わりのお昼休憩、自分のクラスである。


 普段、金髪のポニーテールに茶色の目、制服を着崩したスタイルの良い美女なのでクラスでも目立ちそうなものだが、相変わらず誰とも話している姿を見たことがない。


 いや、一応、隅っこグループの一員ということで、授業の班分けの時には一緒になることもあり話すことはあるのだが、何を話したかあまり覚えていない。


 それくらい記憶に残る内容ではなかったということか、強力な認識阻害系能力で印象に残らないように操作されているだけなのか、それも未だわかっていないから困るところだ。


 それは、会話の糸口が見つからないからである。


 普通、その人が何をしていたか見かけた、もしくは話したことによって、それを会話のネタにするものだが、それらの記憶がないと赤の他人といきなり話せと言われているようなもので、それこそ今日はいいお天気ですね、勉強どうですか? などしか接点を見つけて話を広げることができない。


 だから、リューは声をかけて、一方的に自分のところのことを話すことにした。


「イエラさん、こんにちは。お昼はどこで食べるの? 僕達と食堂の席、一緒しない?」


「なんじゃ? 珍しい誘いじゃのう。……ふむ、よいじゃろう。一緒しようではないか」


 イエラ・フォレスは古臭い話し方で、リューの誘いに乗った。


「それじゃ、行こうか」


 リューはいつの間にか自分が緊張し、手に汗を握っていたことに気づくと、内心驚くのであったが、誘いに乗ってくれたので安堵して食堂まで先導するのであった。


 食堂では、二階のオープンテラスで食事をする。


 この日の食事は、ミナトミュラー商会が現在、試作している食事をリューが持参していた。


「今日はイエラ・フォレスさんもいるけど、うちが今度、新たなお店で出そうとしている試作品を食べてもらおうと思います。みんないい?」


「いいぜ!(いいよ!)(はい!)(……やった!)(楽しみです!)」


 各自返事をすると、全員が何を食べらるのかとワクワクして待っている。


「今回の試食は……、じゃじゃーん! 『海鮮丼』です!」


「「「カイセンドン?」」」


 リューがマジック収納から取り出したのは、大きなお椀からはみ出る程の何かの切り身が沢山乗せられた物体であった。


 よく見ると、生ものだ。


 初見のランスやナジン、シズやラーシュ、そして、意外にもイエラ・フォレスも興味津々でリューが出した『海鮮丼』を凝視している。


「リュー。これまだ、火が通っていないぜ?」


 調理前の食材だと思ったのか、ランスがそう指摘した。


 ナジンとシズも同意して頷くが、すでに生ものを経験しているリズ王女、そして、リューの側近としてすでに試食しているイバル、スードは笑ってこの光景を見ている。


「ふふふっ。これは完成品だよ! これらは海で獲れた新鮮な食材さ。獲れたては生でもいけるからね。それに、一旦、マジック収納に納めることで、寄生虫も除去できているから、安全なのは保証付き。ここに、ワサビ醬油ベースのタレをかけて……、下の白米と一緒に食べるんだ」


 リューはそう言うと一連の動作を行い、箸で器用にごはんと切り身をすくって口に運ぶ。


 あとは美味しそうに食べるリューの笑顔である。


 そして、その後に続いてリズ王女やリーン、イバルにスードが『海鮮丼』を手にして食べ始めた。


 ランスとシズ、ナジンはそれでも生ものだから躊躇うのであったが、意外なことにイエラ・フォレスが器用に箸を使って大口で『海鮮丼』を美味しそうに頬張り始める。


「三人とも、安全だから食べてみて。今回の中身はこの季節が美味しいキントキ、ヒラス、ヤリイカ、カツオ、サザエなどが入っているよ。本当はマグロとかブリも入れたいんだけど冬が旬だから、季節ごとに中身が変わる感じかな」


 海とは関わりない生活をしているランス達にとって、リューの口から告げられる言葉は呪文にしか聞こえないのであったが、リズ王女達は美味しそうに食べているから、ランス達も続くことにした。


 そして、一口、頬張る。


「おいひー!」


 ランスが、口に頬張ったまま、そう感動の言葉を漏らす。


「……初めて生のお魚を食べたけど、こんなに美味しいんだね。これを食べたら塩漬けのお魚には戻れないよ……」


 シズはやはり、大貴族の令嬢である。


 過去に、塩漬けのものなら魚は食べた経験があったようだ。


 シズの感想にナジンも頷く。


「王都で食べられる魚はご馳走と言うより、塩漬けであまり美味しいとは言えないただの珍味だったんだが、新鮮なものがこれほどとはな……」


 ナジンは初めての味に感動している。


 そして、黙々と平らげていたのが、イエラ・フォレスであった。


 食べているところを見ると、美味しく頂いているのはわかるし、箸の使い方を見ても食べ慣れている感じだ。


 だが、余程久しぶりなのか、夢中なのも確かである。


「イエラさん、気に入ってくれた?」


 リューが笑顔でこの謎多き仲間に聞く。


「こちらの事情で、海には長いこと行けずにいたから、久しぶりに食べられたことを感謝するのじゃ」


 イエラ・フォレスはそう答えると、リューにお礼を言ってペロリと食べ尽くしてしまう。


 事情……か。……もしかして、縄張りとかあるのかな? 皇帝竜は自分だけじゃないみたいなこと初遭遇した時に言ってた気がするし……。


「正解じゃ」


 リューの心を読んだかのように、イエラはタイミングよく返事をする。


「え?」


 ここでようやく、イエラ・フォレスが黄龍フォレスと同一人物? であることを確信した。


 だが、みんなの前では言わない。


 とりあえず、その正体を確認できただけで、リューは満足することにするのであった。

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