第641話 北部での評判ですが何か?

 北部への密輸でミナトミュラー酒造のお酒を広めている中、オチメラルダ公爵領でブームが来たことで地元の酒造組合もニホン酒やドラスタの銘柄を否定するより、共存を選んだ方が良さそうだという判断に至った。


 これにはもちろん、領主であるオチメラルダ公爵本人も酒造ギルドに推奨していたこともあり、意外に早く正式な販売ができることになった。


 オチメラルダ公爵領がいかに落ち目とは言っても、北部における立地はとてもいい。


 各貴族領に繋がる街道もこのオチメラルダ公爵領を中心に通っている者が多いから、ここで流行ることは少なからず他の貴族領に影響を与えると言っていいだろう。


 実際、オチメラルダ公爵領からさらに北に行くとサムスギン辺境伯領があり、公爵領で流行っている『酒割り』という特異な飲み方もすでに一部で真似をする者も出始めていた。


 ミナトミュラー酒造商会のお酒はニホン酒からドラスタに至るまで、香り高く味も良すぎるのだが、北部のお酒好きにはアルコール度数が低いのだけが難点であったから、大事に飲もうと思ったら、この『酒割り』で飲むのが丁度良く感じるようである。


 当然ながら、サムスギン辺境伯領には密輸という形でミナトミュラー酒造商会のお酒は運び込まれているので量は少ない。


 しかし、オチメラルダ公爵領が酒造組合を説得する形で正式な輸入を認めたことで、そこから少なからず流れてくるようになりつつある。


 さらには「王都で人気のある絶品のお酒」という売り込みで、一般のお客の気も引く戦略であったが、ここに『酒割り』という飲み方を勧めることで、アルコール度数の弱点も克服することでスムーズに受け入れられそうであった。


「王都で有名な酒? わははっ! 中央の酒は水みたいなものだろう。この北部では売れないさ」


「それが、今、流行り始めているらしいんだ。密輸品ということで価格は高いんだがな。それを克服する為に『酒割り』という飲み方が流行っているんだよ」


「『酒割り』? 初めて聞く飲み方だな」


「王都の酒は、アルコール度数が低いだろ? それを地元の度数が高い酒で割るのさ」


「おいおい。そんなことしたら、度数が高い北部の酒の味で王都の酒の味がわからなくなるだろう?」


「それが違うんだよ。香りも味も北部の酒で割ってみても、負けていないんだ。試しに飲んでみな。──マスター、例のを」


 酒場の常連客同士はそんなやり取りをしていたが、ものは試しとマスターに密かに入荷していたドラスタを出してもらった。


 マスターが奥から大事そうに出してきた酒瓶は、その辺の大量生産の安いものではなく、一目見ただけでそれが職人の手による高級なガラス細工であることがわかる。


 常連客はそこそこにお酒も回っていたが、その瓶を見ただけで目を見張り、驚きの声が上がった。


「なんじゃ、こりゃ……! 王都じゃこんな高そうなガラス瓶に入れて売っているのかよ……」


「見た目も凄いが、中身がまた凄いんだって! 『酒割り』する前に匂いを嗅いでみろよ! ……飛ぶぞ?」


 勧める常連客は、マスターから受け取ったドラスタの酒瓶から小さい木のコップに少しだけ入れて渡す。


「……なんだ、この強烈に甘くて芳醇な果物の香り……。(ごくり……)ちょっと、そのまま飲ませろ!」


 匂いだけで満足できなくなった常連客は、少量のドラスタの果物酒をグイっと飲み干す。


「鼻から抜けていく香りと味が凄い……! なんて味をしてやがる! こんなもの飲んだことがねぇ! だが、喉を焼くような強烈さがないんだよな……」


 飲んだ常連客は、その香りと味には大満足だったが、やはり北部の酒好きである。


 アルコール度数には満足がいかないようだ。


「だから、『酒割り』するんだよ! 王都では水割りなんていう酒を薄める飲み方があるらしいが、このドラスタの酒は『酒割り』しても、この香りも味もほとんど損なわれることがないから、美味しく飲めるんだよ!」


 常連客はそう言うと、もう一人の常連客の木のコップに再びドラスタのお酒を注ぐとすぐに、地元のお酒も注いで『酒割り』にする。


「ほれ、飲んでみろ、うまいぞ!」


 北部のお酒は酔えるものこそが良いお酒、という考えだから味と香りは二の次である。


 それだけにこの飲み方は常連客にとって初めての体験であった。


「う、美味い……! この喉が焼けるようなのど越し、そこに『酒割り』したのに全然衰えない上品な香りと味……! この飲み方最高じゃないか……!」


『酒割り』という飲み方を勧められた常連客は新たな境地に至ったとばかりに感動の言葉を漏らす。


「お客さん、今のドラスタは比較的にうちで密かに仕入れているものの中では安い方です。高いものはもっと凄いですよ?」


 マスターはニヤリと笑みを浮かべると、奥から青いガラスの瓶をチラリと見せる。


「(ゴクリッ……)一杯いくらだ……?」


 わずか一杯でドラスタの虜になった常連客は、懐を確認しながら確認する。


 それに対し、マスターは何も言わずに指を三本立ててみせた。


「! そんなに高いのかよ……! ──……一杯、貰おうか……」


 常連客は新たなコップに注がれるお酒の香りを確認しながら、生唾を飲み込む。


 そこに地元のお酒で『酒割り』する。


 それを常連客の前に置くと、その男は両手で大事そうにコップを掴むとチビチビとその極上の味を楽しむ。


 勧めたもう一人の常連客はそれを見て笑うと、マスターに「自分も同じものを!」と注文するのであった。



 マイスタの街の街長邸執務室。


「オチメラルダ公爵領で、正式にうちのお酒を認めてくれたみたいだね」


 リューは北部への密輸を任せているダミスター商会会長アントことアントニオからの報告書に目を通して、顔を出していたノストラに確認する。


「ああ。お陰でそこを拠点に、周囲への密輸も楽になるってもんだろう。これで北部への進出も目途が立ちそうだぜ。次は、サムスギン辺境伯領だな」


 ノストラは誇らしそうに今回の結果をリューに告げる。


「そうだね。かなりうまくいっているから、この勢いで北部向けの強いお酒も開発したいところかも」


「いいね! 酒造部門の職人達に早速、相談してみるぜ!」


 ノストラもリューの提案にノリノリで賛同する。


「それじゃあ、お願い!」


「おう!」


 リューは新たなお酒造りをお願いすると、ノストラは二つ返事で承諾、勇んで帰っていくのであった。


「意外に早かったわね。北部のお酒での進出って、最低でも一年はかかると思っていたんでしょ?」


 ノストラが帰ると黙って聞いていたリーンが、そう指摘した。


「うん。意外に苦戦していたからね。アントニオが『酒割り』(現代でいうところの『ばくだん』)を考えてくれたことでそれが突破口になったよ。それにオチメラルダ公爵の懐柔が順調に進んでいるってことかな。アントニオはダミスター商会会長として信用を得ているみたい。エミリー嬢のお陰でもあるだろうね」


 リューは一年生のエミリー嬢の名を出して順調な理由を分析した。


「エミリー嬢には、また、今度、甘いものでも奢ろうかしら」


 リーンが珍しいことを言う。


「はははっ、そうだね! 大きな行事も終わったし、一年生のみんなをランドマーク家のスイーツ専門店に招待しようか」


 リューはリーンの提案に笑って頷くと、そう提案するのであった。

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