第640話 飲み方がブームですが何か?
王立学園二学期の大きな行事二つが終わってことで、リューは生徒会の仕事も楽になり、放課後はミナトミュラー商会について集中することにした。
現在、ノーエランド王国の王都でリューのおにぎり屋が大繁盛しており、お米の主食化が進んでいる。
ミナトミュラー商会はそれを見越して、厳選したお米を作っている農家と契約を交わしているのでこちらはまず一安心である。
新店舗もひと月足らずで四軒追加しており、そのどれもが繁盛しているということだから、とりあえずはリューも一安心だ。
それにあちらはお米の仕入れを仲介してくれているスライ・ヒカリコシ会長と海苔の開発に尽力してくれているプケル会長が、頑張ってくれているから任せていられる。
問題があるとしたら、クレストリア王国内での商売の方であった。
今のところミナトミュラー商会の主力になっている酒類は王都で一番の人気になっている。
ニホン酒や、ドラスタの銘柄の各酒類が大人気なわけだが、王都以外周辺にもじわじわと市場を広げていてこれも順調だ。
あとは、若手の幹部候補アントニオを会長に据えているダミスター商会での活動である。
このダミスター商会は表向き、北部貴族のエミリー・オチメラルダ公爵令嬢の支援をしつつ、北部のお酒市場に密輸という形で各貴族領に販路を広げている最中で、アントことアントニオは最近ずっと北部と王都をいったり来たりしているらしい。
王都で大人気のニホン酒、ドラスタの銘柄だが、北部でも密輸ながら人気は出始めている。
実際、密輸ということで商品の数が限られているから高額で取引されているのだが、予想に反して肝心の領主達が公式にミナトミュラー商会から仕入れてくれるところまで進んでくれないのだ。
これには色々と事情がある。
まず、北部の地元にある各酒造商会の力が強いということ。
さらには、北部のお酒はアルコール度数がかなり強く、それが各貴族領での基準になっている為、ミナトミュラー酒造商会の商品では基準に合わないことなどだ。
もちろん、それを決めるのは地元酒造組合であり、領主が飲みたいから正式な仕入れを許可しても酒造組合がそれを認めないのでアントのダミスター商会は身動きが取れないでいた。
アントは頑固な北部の酒造組合を説得すべく、王都と北部をいったり来たりしているのだが、それがなかなか難しいようだ。
一応、オチメラルダ公爵からはOKをもらい仲介してもらうことで、その領内にある地元酒造組合とも折り合いが付いている。
アルコール度数の問題は高いものについては地元酒造商会が、低いものについてはミナトミュラー酒造商会のものに、と棲み分けする形でアルコール度数の基準範囲を広げてもらった形だ。
だからオチメラルダ公爵領内では、現在、ドラスタとニホン酒のブームが来ている。
酒場では、
「最初は、無能な公爵が酒造組合の規則を強引に変えようとしていると聞いて、俺は反発していたんだが、この酒、度数が低いのはともかく美味いのは確かだぜ!」
「馬鹿野郎! 四十度以下は酒じゃねぇ! そのニホン酒もドラスタ各種も精々二十度くらいが限界だろう? そんなもの水だよ、水! ……まぁ、水にしちゃ、かなり美味しいけどな?」
「俺は年取ってから飲めなくなってきたからなぁ。このくらいのお酒が丁度いい」
など味は満点、アルコール度数はいまいちという評価だったが、それでもブームが来ているのは確かであった。
「オチメラルダ公爵領都では、人気になってきたのかぁ。……それにしても二十度以下は水って……」
リューは北部のお酒事情をアントから聞いて苦笑する。
「そのオチメラルダ領都でブームの火付け役になった飲み方がありまして……」
とアントニオがなぜか言いづらそうに言葉を濁す。
「飲み方? へー、どんな感じなの? 何か地元の食べ物と一緒に飲むと合うとか?」
リューは興味を持って聞き返した。
これから、他の北部貴族領で売る際の手本に出来ると思ったのだ。
「実は……、水扱いされたことに着想を得て、地元のアルコール度数が高いお酒をうちの酒で割る『酒割り』という飲み方を勧めてみたんです……」
「水割りじゃなく『酒割り』!? はははっ! よくそんなこと思いついたね! ──……あ、でも、ばくだん(お酒同士を混ぜて飲むやり方のひとつ)やカクテルみたいなものになるのかな? でも、それがブームになったの?」
リューはアントの発想におかしくて笑ってしまうのであったが、カクテル的な飲み方になりそうだと思い直した。
「はい……。うちの酒は香りも味も一級品ですからね。北部のお酒は正直、アルコールの味しかしないようなものもあるので、相性は悪くないみたいです……」
邪道な飲み方だと怒られると思っていたのかアントニオは申し訳なさそうに、分析した結果を告げる。
「なるほどなぁ……。──まあ、北部向けにアルコール度数が強いお酒も後々作るとして、地元のお酒と『酒割り』して美味しく飲んでもらえるなら、地元の酒造組合と争わずセット販売できるし良いんじゃないかな? このやり方、他の貴族領でも広めてみて」
リューは自分のところのお酒によその酒を混ぜるという邪道な飲み方にも意外に抵抗を見せずにアントニオのやり方を勧めた。
「……いいんですか!?」
アントニオは怒られることも覚悟していたようだ。
「うちのお酒が美味しいからこそできる飲み方じゃない? それに、地元の酒造組合とも共存できるのなら、販路拡大も楽にできるかもしれないしね。よくやったよ、アントニオ!」
リューはアントニオが言われたことをするだけでなく、頭を使った販売戦略でブームを作ったことを大きく評価した。
「あ、ありがとうございます!」
アントニオは報告するまでこのブームを喜んでいいのか悩んでいたので、高い評価に安堵して喜ぶのであった。
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