第639話 王家の威光ですが何か?

 学内魔術大会から数日後。


 王立学園のチューリッツ学園長とコブトール教頭の下に、王宮からの使者が訪れていた。


「──ということで、王家はお二人の言動について深い憂慮をなされております。オサナ第四王子殿下、エリザベス第三王女殿下(リズ)からもご報告が上がっておりますが、チューリッツ学園長の学内における独断は学園のルールを守り模範を示すべき者の範疇を越えており、将来を担う学内生徒達への悪影響が懸念されるという判断がなされております。もし、今後もその言動を正すつもりがないのであれば、王家としては厳重な処罰をせざるを得ないとのことです」


 王宮からの使者は淡々と勅令を読み上げる。


「そ、そんな……!」


 チューリッツ学園長は、かなり深刻な内容に驚きを隠せない様子だ。


「お、お待ちください、使者殿! 学園長は公平公正を示す為に、学内の歪んだ状況を正そうとしただけです! 確かに、その判断については不評でありましたが、改革というものは最初は不評がつきものです。ですが、後々のことを考えると学園長の判断は必ずしも間違っているとは言えないかと……」


「その為に、数人の才能ある生徒を潰すのは構わないと? それも、その中の一人は国王陛下がその才能に期待して直接『王国の騎士』の称号を与えた者ですよ? さらにはこちらも王家が直接男爵位を与えた勇者スキル持ちの生徒まで、あなたがたは剣術大会において恣意的な組み合わせで潰そうとしたと、批判が各方面より上がっております。これが間違った判断ではないと?」


 使者はコブトール教頭の言い訳にピクリと反応すると厳しく反論した。


「そ、それは……」


 コブトール教頭はその言葉に答えられず詰まる。


「使者殿、その件につきましては、私も大変反省しております……」


 チューリッツ学園長は意外に素直に認めて反省の言葉を口にした。


「が、学園長……!?」


 コブトール教頭もこれには驚く。


「チューリッツ学園長、あなたに対する任命責任は王家にあります。だからこそ、あなたにはしっかりそれに応える義務があります。あなたの信条が何にせよ、の指導者であることを忘れないでください」


 使者は厳しい口調で告げる。


「……はい。私が間違っていたのを認めます……。確かに彼らはこの国の宝となるべき若者達であるということを、先日の魔術大会で思い知らされました。その才能は私が推し量れるものではないことを……。これからは、彼らの才能に蓋をするのではなく、伸ばす為の努力をしたいと思います……」


 チューリッツ学園長はしおらしい態度で使者の厳しい指摘に反省の弁を述べた。


「学園長……!?」


 コブトール教頭は、そんな反省しきりの学園長に驚きしかない。


 確かにこの数日、ふさぎ込んでいたのは知っていたが、公平公正の為には多少の規則を無視した独断専行も厭わないいつもの学園長がすぐに戻ってくるものと思っていたから、この態度には困惑するのであった。


「国王陛下は、王宮で働いていた頃のあなたの真面目な仕事ぶりを大変評価されていました。学園長への任命もその頃の信用があってこそのことです。ですから、チューリッツ学園長、陛下の信頼を裏切り、晩節を汚すようなことにならないように職務を全うしてください」


 使者は先程までの厳しい態度から打って変わって和やかに国王の真意を伝えて励ます。


「……ははぁ! ……このチューリッツ、初心を忘れておりました……。陛下の期待に応えられるよう、心を入れ替えて学園長の任に励みます……!」


 チューリッツ学園長は目に涙を浮かべると、使者に頭を深々と下げて宣言するのであった。



「……結局、王家のご機嫌取りをするということか。チューリッツ学園長も昔の気概は無くなったな……。まあ、いい。そういうことなら私は勝手にやらせてもらおう」


 使者が帰って学園長が学園長室に引き籠るのを見送ると、コブトール教頭はそう独りぼやいた。


 コブトール教頭にしたら、チューリッツ学園長の公平公正実現の為に、力を尽くしていたのに本人に梯子を外された思いだったのだろう。


 職員室にある自分の席に戻ると、不満そうにどっかりと席に着くのであった。



 教室の一角。


「そう言えば、魔術大会の時、オサナ第四王子殿下が視察に来てたじゃない? 挨拶したけどしっかりしてそうな感じだったなぁ」


 リューは大会最終日の表彰式でそのオサナ王子から短いが祝辞を頂いていた。


「ミナトミュラー男爵、おめでとう」の一言ではあったが、まだ、八歳ということでしっかりした物言いが好感の持てるものであったのだ。


「ふふふっ。オサナはまだ小さいからこれからだけど、しっかりしている方かもしれないわね」


 リズ王女は自分の頃と比べてオサナ王子の利口さを考えると、腹違いの姉として弟をそう評価する。


「オサナ王子かぁ。後見人の侯爵が最近亡くなって、マカセリン伯爵が代わりについたばかりだから、不安だらけのはずなのにそんな雰囲気一切なかったよな」


 ランスがリズ王女の南部視察団の時にリューもお世話になったマカセリン伯爵の名を口にした。


「え? そうなの!?」


 王家の情報はさすがに機密なのでリューも詳しくないのであったが、ランスは特殊な立場からやはり、多少は詳しいようだ。


「ランス君、それは言っちゃ駄目よ?」


 リズ王女がランスの言葉に反応して注意する。


「あ、ごめん。今のは忘れてくれ」


 ランスも流石に軽口が過ぎたと思ったのか真面目な顔で応じた。


 その場には、リューとリーン、リズ王女にランス、イバルにラーシュがいたが、ラーシュは兎人族なので長い耳を折り曲げて何も聞いていないという素振りを見せる。


 他の者達は、今さら感の雰囲気であったが。


「わかったよ。でも、ヤーボ第三王子に続いて、オサナ第四王子の後見人が亡くなるって……」


 リューは王家に降りかかる不穏な流れに心配を口にする。


「……オサナはまだ、八歳だから王位継承権争いに巻き込まれてほしくないのだけど、少し心配なの」


 リズ王女もリューの言葉に反応した。


「死因については、確か食中毒だったか? 後見人だった侯爵は偏食で知られていたからな」


 イバルがどこから得た情報なのかそう指摘する。


「偏食かぁ。食材によっては食べ過ぎると毒になるものもあるからね。でも、この時期なのは気になるところではあるけど」


 リューは偶然なのかこの一年で王位継承権問題が大きく動いているだけに、気になるところであった。


「でも、今やジミーダ第一王子が盤石になっているんじゃないの? 必死に動いていたオウヘ第二王子は今や王位継承権最下位だし」


 リーンがことさら騒ぎにする事でもないように感じたのか、当然の指摘をする。


「「ああ……」」


 ランスとイバルは「あの地味で平凡な王子殿下か」と言いそうになって、言葉を濁す。


 なにしろリズ王女の前である。


 友人とはいえそれを口にすれば不敬であったから、リズ王女も咎めないわけにはいかないのだ。


「こればっかりは、陛下のお考え次第だから」


 そこにみんなが不敬にならないようにリューが擁護することでみんなは頷き、この話は終わりになるのであった。

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